「制約を外す」の補足
2010年03月30日
人手が足らない
これも、作業箇所への動線という距離、作業に所要の時間を同時にこなさないといけないこと、火を使うものとすぐに作業しないと乾燥して使えなくなるものを別の場所で扱うなど、歩いて動いてやってたら間に合わないなど時間と距離の制約と考えてみる。
一人で離れたとこにある複数店を切り盛りすることも、距離と時間の制約の上のものを顕著にしたといえるかもしれない。
また、複数店で時間を取りすぎて、人間が生きるために必要な休息時間が取れなくなることなども時間の制約と考えてみる。
時間と距離(空間)の問題に置き換えることで、数的処理ができるので、数的にクリアな改善方法を見つける手がかりを求めやすくしそうだ。
多く、数学やニュートン力学などといわれるものは、時間と距離を扱っていそうだ。
人の心など、時間と距離で処理しにくいものもたくさんある。
しかし、案外、人の心のことも、時間と距離の関係で考えると見えることもあるかも。
遠距離恋愛とか、時間と距離に隔てられて別れるとかよくあるし
芸能人が、多忙で会えない時間が多くてすれ違いがありましたとかいうし。
最も数学と離れてそうな恋愛がそうなんだから、人の心全般も、時間と距離って関係あると思うよ。
線形かとか、積分が通用するかとかは、よくわからないけど。
マジメに数学、時間取って勉強してみたいね。
それで、自分がモテるようになるとはとても思わないけど、恋愛などに関して、見えなかったものが見えるようになる可能性は低くないと思う。
占いやったからといっておぜにさん持ちになれるとも思わないけど、占いやってると人の心がわかるようになるかもね。
たみ家は興味ないけど。
不安を持って、頼ってきたり、相談してくる人とたくさん会って話したり、占い結果を話しての反応をたくさん見ていると、人間心理を感じることは多そうだと思う。
数学から恋愛を見ることも、それと通じるものはあると思う。
渡辺淳一さんの不倫ものも、医師だから、ああいう見方ができるとしか言いようがないでしょう。
彼は、精神に対する肉体の絶対優位をエッセイで語っていたような。
タイトルの本題が短すぎたので、横道を長くしてしまった。
これも、作業箇所への動線という距離、作業に所要の時間を同時にこなさないといけないこと、火を使うものとすぐに作業しないと乾燥して使えなくなるものを別の場所で扱うなど、歩いて動いてやってたら間に合わないなど時間と距離の制約と考えてみる。
一人で離れたとこにある複数店を切り盛りすることも、距離と時間の制約の上のものを顕著にしたといえるかもしれない。
また、複数店で時間を取りすぎて、人間が生きるために必要な休息時間が取れなくなることなども時間の制約と考えてみる。
時間と距離(空間)の問題に置き換えることで、数的処理ができるので、数的にクリアな改善方法を見つける手がかりを求めやすくしそうだ。
多く、数学やニュートン力学などといわれるものは、時間と距離を扱っていそうだ。
人の心など、時間と距離で処理しにくいものもたくさんある。
しかし、案外、人の心のことも、時間と距離の関係で考えると見えることもあるかも。
遠距離恋愛とか、時間と距離に隔てられて別れるとかよくあるし
芸能人が、多忙で会えない時間が多くてすれ違いがありましたとかいうし。
最も数学と離れてそうな恋愛がそうなんだから、人の心全般も、時間と距離って関係あると思うよ。
線形かとか、積分が通用するかとかは、よくわからないけど。
マジメに数学、時間取って勉強してみたいね。
それで、自分がモテるようになるとはとても思わないけど、恋愛などに関して、見えなかったものが見えるようになる可能性は低くないと思う。
占いやったからといっておぜにさん持ちになれるとも思わないけど、占いやってると人の心がわかるようになるかもね。
たみ家は興味ないけど。
不安を持って、頼ってきたり、相談してくる人とたくさん会って話したり、占い結果を話しての反応をたくさん見ていると、人間心理を感じることは多そうだと思う。
数学から恋愛を見ることも、それと通じるものはあると思う。
渡辺淳一さんの不倫ものも、医師だから、ああいう見方ができるとしか言いようがないでしょう。
彼は、精神に対する肉体の絶対優位をエッセイで語っていたような。
タイトルの本題が短すぎたので、横道を長くしてしまった。
Posted by たみ家 at
07:54
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温暖化
2010年03月30日
団長日記に温暖化は起こってないみたいな意味のことが示唆されている。
彼の師の都村長生氏のサイトをのぞいてみた。
3割ぐらいは理学や工学の知識がないと読みにくいものだったが、わかりやすいところでも、疑問に思うことがいくつかあった。
CO2が温暖化の主犯かどうかはよくわからないけど、温暖化は起こってるとしかたみ家には思えないのだ。
たみ家は、何度か引っ越すなどで、積雪が30cmぐらいがザラにある地や、北陸の2mぐらいになる地に住んだことがあって、それ以降も何度も、そこには冬に訪れるが、幼少のときにかまくらをつくったり、屋根の雪下ろしをしたり、玄関までたどり着くまでに、雪をかきわけて高さ2mぐらいの雪の壁を道路から玄関まで歩いた地に、最近、何度も冬に訪れて、1cmも積雪してることがないのだ。
30cmぐらいしか積雪がない地に住んでるときも、昼に、市街地の家から500mぐらいのとこで遊んでても、吹雪くと、道が全部白、吹雪で1m先も見えない、どっちが道かもわからない。
家も人もあってもなくても何も見えないからわからない。
白い完全なる闇と言っていい。
音だって、声を出しても、風の音にかき消されて聞こえもしない。
遭難してもおかしくない。
学校のグラウンドは2、3か月使えない。
そんなところでも、ここ10年は雪が積もってることがまずない。
北陸には親族がいて、雪が多いときは交通が遮断されて、家のある地区に帰れないので、学校に行かなくてもいい日が何度かあった。
雪なんか一度メートル単位で積もったら、冬の間はそれ以降、一度も降らなくても積雪は残る。
10cm程度でも、建物の北側なら、2週間から1ヶ月ぐらい残る。
だから、たまたま行った時期に雪が降らなかったのでなく、降ってないのだ。
雪が少なくなったのが、温暖化のせいでないとしたら、水の循環が変わったのか?
主犯が何かはともかく、人間活動で温暖化は起こってるだろう。
20年ちょっとでこれほどの変化が過去にもあった自然な寒冷期と温暖期の移り変わりだとはとても思えないのだが。
太陽の黒点活動の変化とかって、それほど大きい影響が出るの?
彼の師の都村長生氏のサイトをのぞいてみた。
3割ぐらいは理学や工学の知識がないと読みにくいものだったが、わかりやすいところでも、疑問に思うことがいくつかあった。
CO2が温暖化の主犯かどうかはよくわからないけど、温暖化は起こってるとしかたみ家には思えないのだ。
たみ家は、何度か引っ越すなどで、積雪が30cmぐらいがザラにある地や、北陸の2mぐらいになる地に住んだことがあって、それ以降も何度も、そこには冬に訪れるが、幼少のときにかまくらをつくったり、屋根の雪下ろしをしたり、玄関までたどり着くまでに、雪をかきわけて高さ2mぐらいの雪の壁を道路から玄関まで歩いた地に、最近、何度も冬に訪れて、1cmも積雪してることがないのだ。
30cmぐらいしか積雪がない地に住んでるときも、昼に、市街地の家から500mぐらいのとこで遊んでても、吹雪くと、道が全部白、吹雪で1m先も見えない、どっちが道かもわからない。
家も人もあってもなくても何も見えないからわからない。
白い完全なる闇と言っていい。
音だって、声を出しても、風の音にかき消されて聞こえもしない。
遭難してもおかしくない。
学校のグラウンドは2、3か月使えない。
そんなところでも、ここ10年は雪が積もってることがまずない。
北陸には親族がいて、雪が多いときは交通が遮断されて、家のある地区に帰れないので、学校に行かなくてもいい日が何度かあった。
雪なんか一度メートル単位で積もったら、冬の間はそれ以降、一度も降らなくても積雪は残る。
10cm程度でも、建物の北側なら、2週間から1ヶ月ぐらい残る。
だから、たまたま行った時期に雪が降らなかったのでなく、降ってないのだ。
雪が少なくなったのが、温暖化のせいでないとしたら、水の循環が変わったのか?
主犯が何かはともかく、人間活動で温暖化は起こってるだろう。
20年ちょっとでこれほどの変化が過去にもあった自然な寒冷期と温暖期の移り変わりだとはとても思えないのだが。
太陽の黒点活動の変化とかって、それほど大きい影響が出るの?
Posted by たみ家 at
02:31
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実は4周年だった。
2010年03月30日
たみ家の個人的な考えで、○周年というのは重視してこなかった。
でも、重視しても良かったかなあと思う。
今日、初めて、しかも2人も、中でうどん食べない方で見慣れない方が、お土産うどんだけ買いに来られるといううれしい珍事があった。
外にはお土産うどんやってるとは書いてないので、不思議に思った。
うどん食べに来られたついでにお土産買われるという人はたくさんいらっしゃいましたが
一人は、開店前に京都から来られた方が、お土産だけ買いに来られた。
もう一人は、実家にお帰りになるという方が、そのお土産にと。
う~ん。外にお土産うどんの貼り紙でもしてみようか、趣味ではないが、仮説を確かめてみたくなる。
起こるかどうかはわからないが、今年の課題は、オフィス街の末端で、来客最大手会社が移転しても継続できる営業スタイルにするということ。
移転したってどっかがまた入るだろうという人がいるが、半年以上前にビル全員が移転した日本生命高松支社跡は実際にいまだ無人だしね。
前記事は、走り書きなので、もうちょっと編集する必要がありますが、コンサルティングの題材としては、リアリティーがあって、深く切れ込まれたものだと思うよ。
たみ家の学者根性と、コンサルティング魂が、それをさせているといえそうだ。
たみ家は、開業前から、比較的、挑戦し続けて、新しいステージに立つことが、勤め人としては多い部類だったとは思う。
しかし、4周年といえば、人生のほんの一部だが、うどん店開業前の人生なんか人生の1割もなかったと思うほど、うどん店始めてからの人生は長く感じた。
感覚的には、開業前の人生が1年か2年で、開業後が30年以上あったような気がする。
正直、うどん店開業前に、人生があったとさえ思えないほどだ。
なんでだろうね?
外車に乗って、毎日好きなだけ美味いものを食って、冬は毎週のように集まって鍋を囲んで、スキーやらスノボ、春秋はテニス、夏は海と、レナウン娘みたいなシーズンで、理想のカノジョがいて、毎年数回海外に行って、30畳のリビングの家に住んでいたとしても
今に比べると、まったく幸福度が低すぎるぐらい低いのだ。
たぶんたみ家は海の生き物だったのだろう、だから陸で何があっても海にいるときほどの幸せは感じようがなかったのだろう。
陸にいたときのことは人生と思えないのかもしれない。
店を始めて思うことは、陸と違って、足が着いてないから、手足を動かしてないと息を吸って吐くこともできないかもしれないということかなあ。
だから、開業後の人生がすごく長く感じるのかもしれない。
人間同士の関わり方も大きく違う。
今が楽しいね。
なんだろう?
苦しくないと、楽しくないのか?
そんなはずはないと思うけどね。
ずっと考え続けて、手足をずっと動かし続けてないと生きていると思えないのかもなあ。
でも、重視しても良かったかなあと思う。
今日、初めて、しかも2人も、中でうどん食べない方で見慣れない方が、お土産うどんだけ買いに来られるといううれしい珍事があった。
外にはお土産うどんやってるとは書いてないので、不思議に思った。
うどん食べに来られたついでにお土産買われるという人はたくさんいらっしゃいましたが
一人は、開店前に京都から来られた方が、お土産だけ買いに来られた。
もう一人は、実家にお帰りになるという方が、そのお土産にと。
う~ん。外にお土産うどんの貼り紙でもしてみようか、趣味ではないが、仮説を確かめてみたくなる。
起こるかどうかはわからないが、今年の課題は、オフィス街の末端で、来客最大手会社が移転しても継続できる営業スタイルにするということ。
移転したってどっかがまた入るだろうという人がいるが、半年以上前にビル全員が移転した日本生命高松支社跡は実際にいまだ無人だしね。
前記事は、走り書きなので、もうちょっと編集する必要がありますが、コンサルティングの題材としては、リアリティーがあって、深く切れ込まれたものだと思うよ。
たみ家の学者根性と、コンサルティング魂が、それをさせているといえそうだ。
たみ家は、開業前から、比較的、挑戦し続けて、新しいステージに立つことが、勤め人としては多い部類だったとは思う。
しかし、4周年といえば、人生のほんの一部だが、うどん店開業前の人生なんか人生の1割もなかったと思うほど、うどん店始めてからの人生は長く感じた。
感覚的には、開業前の人生が1年か2年で、開業後が30年以上あったような気がする。
正直、うどん店開業前に、人生があったとさえ思えないほどだ。
なんでだろうね?
外車に乗って、毎日好きなだけ美味いものを食って、冬は毎週のように集まって鍋を囲んで、スキーやらスノボ、春秋はテニス、夏は海と、レナウン娘みたいなシーズンで、理想のカノジョがいて、毎年数回海外に行って、30畳のリビングの家に住んでいたとしても
今に比べると、まったく幸福度が低すぎるぐらい低いのだ。
たぶんたみ家は海の生き物だったのだろう、だから陸で何があっても海にいるときほどの幸せは感じようがなかったのだろう。
陸にいたときのことは人生と思えないのかもしれない。
店を始めて思うことは、陸と違って、足が着いてないから、手足を動かしてないと息を吸って吐くこともできないかもしれないということかなあ。
だから、開業後の人生がすごく長く感じるのかもしれない。
人間同士の関わり方も大きく違う。
今が楽しいね。
なんだろう?
苦しくないと、楽しくないのか?
そんなはずはないと思うけどね。
ずっと考え続けて、手足をずっと動かし続けてないと生きていると思えないのかもなあ。
Posted by たみ家 at
01:48
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制約を外す
2010年03月30日
藤塚のセルフうどん店「たみ家」は、来客の大半は、半径200m程度から12~13時前後だ。
それでも多いときは30分で60人ぐらいの来店はある。
この3月は、月間売上としては、開業以来利益売上ともに、間違いなく最高になるだろう。
しかし、A社の従業員数が激減した今、現在の最大手来客の会社が移転すれば、通常、廃業や移転を迫られる来客水準に落ち込むだろう。
家賃なし、雇い人なしの飲食店が、この4年で近隣で数え切れないほど消滅したのだ。
むしろ、うちの近隣で家賃払って、人雇って薄利多売型の商売続けられているところが稀というか、うちだけかもしれない。
4月以降、近隣会社員の激減がなければ、今年は力を蓄えて、爆発的に伸びそうな気もするが
過去の流れや噂の類から考えると、顧客層の6割程度がいなくなるほど、会社員の激減がこの1年で起こっても不思議ではないと思う。
いや、むしろ起こる確率の方が若干高いのではないだろうか?
A社が倒産してみると、もう、悪い方のシナリオはどんなものも、噂が立つ程度になれば、あると考えた方が良い。
というか、そう考えて、備えて走ってないと、移転とかリストラは、翌日からの激減で、じわじわの客離れでないから、対応ができないのだ。
たみ家って、なかなかやるなあと自画自賛無理にするとすれば、過去最高の利益売上を出したときに、危機感をMAXにするところかなあ。
ケースはうちとはまったく似てないし、レベルが違い過ぎるけど、トヨタもA社も売上トップに立ったとたんに、窮地に追い込まれた。
うちも、近隣会社員の激減に備え、現実に起こってからも、危機感を募らせたことで、過去最高の利益・売上になったという点では、当然の話なのかもしれない。
さて、藤塚のセルフうどん店「たみ家」は
駐車場条件が良くない。
近隣のライバル店が強力。
昼間人口があまり多くない。
商圏が中央通、観光通、高徳線、コトデンなどに遮断されている。
要は、時間と距離の制約が大きい。
客単価は小さいほど商圏が狭い。
通常、客単価500円を割ると商圏は300m以内になる。
この条件で、うちでセルフうどん店をやるための制約を外すのは、極めて難しい。
部外者は、頑張ればできると言うが、たみ家は割りになんでも可能だと思ってチャレンジするタイプで
むしろ、たみ家は、今から司法試験合格するとか東京大学合格するぐらいの方が、この制約を外すよりは簡単だと思う。
難しいと思うけど、それはできる人にはできるだろう。
しかし、うちで、時間と距離の制約を外すことが、現実、高松に可能にできる人がいるとちょっと思えないのだ。
自分が知ってる一番優れた人が来ても、正直、それができると思えないし、現実、近隣でそれを実現できた店など存在しないのだ。
あるコンサルタントも、うちの場所でセルフうどん店を大きく繁盛させることは不可能だと言った。
ここをスタートに他業種や他所にも進出して、儲けるステップにはなっても、ここ自体が大きく繁盛するというのは不可能で、どんなに優れた人がやっても絶対にあり得ないと言う。
たみ家も、それはそう思う。
数学的に不可能かどうかは議論してもあまり意味がないが、それは、司法試験合格より確実に難しく、可能にできる人は少ない。
東大とか京大とか国立医大なんかヤンキーまで含めた学齢人口の1%も行くんだよ。
香川県で1万人可能なわけです。
コンサルタントもたみ家もまず不可能だと思うことを1万人も香川の人ができると思いますか?
じゃあ、前向きな話として、制約を外さないにしても
制約の範囲で充実させるということは当然にある。
これを①としよう。
次は、制約を外すということを②としよう。
吉野家は24時間営業で比較的、時間の制約が少ない。
そして、ロードサイドに構えて、距離の制約も少ない。
たみ家が、12時台前半に、集中して来客があるということは、席数という空間の制約もあるということになる。
空間の制約は、近隣のM製麺所が外で立ち食いとか、瓦町駅ビルのSターバックスさんが外にテーブル出してたり、興味深い外し方をしている例が見受けられる。
ラーメンというのは、やるかやらないかはともかく、セルフうどん店の時間の制約は緩和されている。
また、客単価が上がると、商圏は広くなる。
また、客単価が上がれば、有料駐車場料金の負担の比率が下がるので、距離の制約を外しやすい。
単価が上がるということは、必要客数も減るので、席数という空間の制約も緩和される。
たこ焼きをするのも、テイクアウトは、空間の制約は小さい。
時間の制約もセルフうどん店に比べると緩い。
商圏も広い。
しかし、焼いてから時間が置けないので、別の意味の時間の制約がある。
それに比べて、冷えても食べられるだしまきや厚焼き玉子はその時間の制約を緩和している。
冷えてもおいしい白いたい焼きってやつは、この時間の制約を大きく外した面が画期的だ。
お土産うどんというのも、空間の制約を緩めている。
これを通販などでやれば、商圏という距離の制約も大きく外している。
英語の国際的サイトでやればもっと広がるけど、そこまでできるもんかねえ?
たこ焼きは最も、劣化が早いものの一つだ。
すぐに腐りはしないが、冷えたら嫌われる点では、刺身や寿司以上かもしれない。
制約が緩い面もあれば、きつい面もある。
普通に考えれば、多くの飲食店はまず、商圏か、席数空間の制約か、劣化速度の制約かなどなど、時間と距離という数的に捉えやすい制約に縛れていて、そこから逃れながら上手にやるのが現実的といえるだろう。
制約にまともにぶつかって越える人がいないとは言い切れないが、それは東大や国立医学部や司法試験に合格するよりも、たみ家は難しいと思う。
立志伝中の人物に稀に見るというやつだが、立志伝中の人物も、制約で苦労してるうちに制約から逃れて上手な方法を見つけたというのが大半だろう。
現実に、多くの企業は、制約を自然に外しているでしょう。
来ないなら、こっちから届けるというのも、そうだろう。
宅配やネット上の商売なんか典型も典型。
今の問題を、時間と距離の問題に捉えて、整理してみるというのは一つの手ではないか?
葬式は年中あるが、結婚式はそれほどでもない。
前者は気候の厳しい時期に多少偏り、後者には後者なりのシーズンがある。
仏滅や平日などの忌避や偏りは、前者には後者ほどにはない。
など、時間の話は当然にある。
イオンでは、たいていマクドナルドがフードコートの一番売上で、たこ焼きは大したことなさそうで、実は上位だったりする。
マクドナルドはブランド力もさることながら、食事にもおやつにもなる。
食事にはならないが、広い時間のおやつになり、食事とセットにもなるたこ焼きは、イオンなんかの土日祝日などに関しては、まんべんなく来客があるので、丼や麺類など食事らしい食事の店よりも売上が上であることが多い。
食事らしい店は、イオンやゆめタウンでも、ピークがあって、それ以外は閑散時が来る。
制約に正面からぶつかって越えたように見えるところも実際は、制約を外した場所で蓄えた馬力というか、財務力で、外堀から攻めて突破したケースが多いのではないだろうか?
「安全祈願!信号うどんエクストラバージン」
は、やるかどうかは別として
売れたとしても、①で、制約の範囲での充実のような気がする。
しかし、話題性があって、日祝に大挙して来客があったりすると、②のオフィス街の制約の外で戦ったことになる。
制約の枠内でちまちまやろうとすると、仕入が合理化できず、今度は、在庫の劣化という別の時間の制約と戦う必要が出てくる。
高度に洗練された会社でないなら
飲食店は、今の課題が、時間と距離の問題として捉えられないかと考えるのは効果的でないかと思う。
制約の中で、現在の場所と業種・業態の中で、目標が達成しやすいと考えられれば、制約の枠内でやった方が追加投資も少なく、力も分散せず有利だと思うので、そうであれば、差し当たって必要でないのかもしれないが、競合店の進出、子供が私大に行って生活が苦しくなる、ブームの終焉などなどの状況に備えて、頭の体操的に、距離と時間の問題に置き換えることは損ではないと思う。
最近よくいわれる中食(なかしょく)というのも、テイクアウトだから、当然、席という空間距離の制約が外れる。
席を提供しないということは、サービスなどに係る料金が軽減されやすいので、上と別の原則で商圏が広がる可能性がある。
家で大人数のために持ち帰るのなら、なおさらであろう。
それでも多いときは30分で60人ぐらいの来店はある。
この3月は、月間売上としては、開業以来利益売上ともに、間違いなく最高になるだろう。
しかし、A社の従業員数が激減した今、現在の最大手来客の会社が移転すれば、通常、廃業や移転を迫られる来客水準に落ち込むだろう。
家賃なし、雇い人なしの飲食店が、この4年で近隣で数え切れないほど消滅したのだ。
むしろ、うちの近隣で家賃払って、人雇って薄利多売型の商売続けられているところが稀というか、うちだけかもしれない。
4月以降、近隣会社員の激減がなければ、今年は力を蓄えて、爆発的に伸びそうな気もするが
過去の流れや噂の類から考えると、顧客層の6割程度がいなくなるほど、会社員の激減がこの1年で起こっても不思議ではないと思う。
いや、むしろ起こる確率の方が若干高いのではないだろうか?
A社が倒産してみると、もう、悪い方のシナリオはどんなものも、噂が立つ程度になれば、あると考えた方が良い。
というか、そう考えて、備えて走ってないと、移転とかリストラは、翌日からの激減で、じわじわの客離れでないから、対応ができないのだ。
たみ家って、なかなかやるなあと自画自賛無理にするとすれば、過去最高の利益売上を出したときに、危機感をMAXにするところかなあ。
ケースはうちとはまったく似てないし、レベルが違い過ぎるけど、トヨタもA社も売上トップに立ったとたんに、窮地に追い込まれた。
うちも、近隣会社員の激減に備え、現実に起こってからも、危機感を募らせたことで、過去最高の利益・売上になったという点では、当然の話なのかもしれない。
さて、藤塚のセルフうどん店「たみ家」は
駐車場条件が良くない。
近隣のライバル店が強力。
昼間人口があまり多くない。
商圏が中央通、観光通、高徳線、コトデンなどに遮断されている。
要は、時間と距離の制約が大きい。
客単価は小さいほど商圏が狭い。
通常、客単価500円を割ると商圏は300m以内になる。
この条件で、うちでセルフうどん店をやるための制約を外すのは、極めて難しい。
部外者は、頑張ればできると言うが、たみ家は割りになんでも可能だと思ってチャレンジするタイプで
むしろ、たみ家は、今から司法試験合格するとか東京大学合格するぐらいの方が、この制約を外すよりは簡単だと思う。
難しいと思うけど、それはできる人にはできるだろう。
しかし、うちで、時間と距離の制約を外すことが、現実、高松に可能にできる人がいるとちょっと思えないのだ。
自分が知ってる一番優れた人が来ても、正直、それができると思えないし、現実、近隣でそれを実現できた店など存在しないのだ。
あるコンサルタントも、うちの場所でセルフうどん店を大きく繁盛させることは不可能だと言った。
ここをスタートに他業種や他所にも進出して、儲けるステップにはなっても、ここ自体が大きく繁盛するというのは不可能で、どんなに優れた人がやっても絶対にあり得ないと言う。
たみ家も、それはそう思う。
数学的に不可能かどうかは議論してもあまり意味がないが、それは、司法試験合格より確実に難しく、可能にできる人は少ない。
東大とか京大とか国立医大なんかヤンキーまで含めた学齢人口の1%も行くんだよ。
香川県で1万人可能なわけです。
コンサルタントもたみ家もまず不可能だと思うことを1万人も香川の人ができると思いますか?
じゃあ、前向きな話として、制約を外さないにしても
制約の範囲で充実させるということは当然にある。
これを①としよう。
次は、制約を外すということを②としよう。
吉野家は24時間営業で比較的、時間の制約が少ない。
そして、ロードサイドに構えて、距離の制約も少ない。
たみ家が、12時台前半に、集中して来客があるということは、席数という空間の制約もあるということになる。
空間の制約は、近隣のM製麺所が外で立ち食いとか、瓦町駅ビルのSターバックスさんが外にテーブル出してたり、興味深い外し方をしている例が見受けられる。
ラーメンというのは、やるかやらないかはともかく、セルフうどん店の時間の制約は緩和されている。
また、客単価が上がると、商圏は広くなる。
また、客単価が上がれば、有料駐車場料金の負担の比率が下がるので、距離の制約を外しやすい。
単価が上がるということは、必要客数も減るので、席数という空間の制約も緩和される。
たこ焼きをするのも、テイクアウトは、空間の制約は小さい。
時間の制約もセルフうどん店に比べると緩い。
商圏も広い。
しかし、焼いてから時間が置けないので、別の意味の時間の制約がある。
それに比べて、冷えても食べられるだしまきや厚焼き玉子はその時間の制約を緩和している。
冷えてもおいしい白いたい焼きってやつは、この時間の制約を大きく外した面が画期的だ。
お土産うどんというのも、空間の制約を緩めている。
これを通販などでやれば、商圏という距離の制約も大きく外している。
英語の国際的サイトでやればもっと広がるけど、そこまでできるもんかねえ?
たこ焼きは最も、劣化が早いものの一つだ。
すぐに腐りはしないが、冷えたら嫌われる点では、刺身や寿司以上かもしれない。
制約が緩い面もあれば、きつい面もある。
普通に考えれば、多くの飲食店はまず、商圏か、席数空間の制約か、劣化速度の制約かなどなど、時間と距離という数的に捉えやすい制約に縛れていて、そこから逃れながら上手にやるのが現実的といえるだろう。
制約にまともにぶつかって越える人がいないとは言い切れないが、それは東大や国立医学部や司法試験に合格するよりも、たみ家は難しいと思う。
立志伝中の人物に稀に見るというやつだが、立志伝中の人物も、制約で苦労してるうちに制約から逃れて上手な方法を見つけたというのが大半だろう。
現実に、多くの企業は、制約を自然に外しているでしょう。
来ないなら、こっちから届けるというのも、そうだろう。
宅配やネット上の商売なんか典型も典型。
今の問題を、時間と距離の問題に捉えて、整理してみるというのは一つの手ではないか?
葬式は年中あるが、結婚式はそれほどでもない。
前者は気候の厳しい時期に多少偏り、後者には後者なりのシーズンがある。
仏滅や平日などの忌避や偏りは、前者には後者ほどにはない。
など、時間の話は当然にある。
イオンでは、たいていマクドナルドがフードコートの一番売上で、たこ焼きは大したことなさそうで、実は上位だったりする。
マクドナルドはブランド力もさることながら、食事にもおやつにもなる。
食事にはならないが、広い時間のおやつになり、食事とセットにもなるたこ焼きは、イオンなんかの土日祝日などに関しては、まんべんなく来客があるので、丼や麺類など食事らしい食事の店よりも売上が上であることが多い。
食事らしい店は、イオンやゆめタウンでも、ピークがあって、それ以外は閑散時が来る。
制約に正面からぶつかって越えたように見えるところも実際は、制約を外した場所で蓄えた馬力というか、財務力で、外堀から攻めて突破したケースが多いのではないだろうか?
「安全祈願!信号うどんエクストラバージン」
は、やるかどうかは別として
売れたとしても、①で、制約の範囲での充実のような気がする。
しかし、話題性があって、日祝に大挙して来客があったりすると、②のオフィス街の制約の外で戦ったことになる。
制約の枠内でちまちまやろうとすると、仕入が合理化できず、今度は、在庫の劣化という別の時間の制約と戦う必要が出てくる。
高度に洗練された会社でないなら
飲食店は、今の課題が、時間と距離の問題として捉えられないかと考えるのは効果的でないかと思う。
制約の中で、現在の場所と業種・業態の中で、目標が達成しやすいと考えられれば、制約の枠内でやった方が追加投資も少なく、力も分散せず有利だと思うので、そうであれば、差し当たって必要でないのかもしれないが、競合店の進出、子供が私大に行って生活が苦しくなる、ブームの終焉などなどの状況に備えて、頭の体操的に、距離と時間の問題に置き換えることは損ではないと思う。
最近よくいわれる中食(なかしょく)というのも、テイクアウトだから、当然、席という空間距離の制約が外れる。
席を提供しないということは、サービスなどに係る料金が軽減されやすいので、上と別の原則で商圏が広がる可能性がある。
家で大人数のために持ち帰るのなら、なおさらであろう。
Posted by たみ家 at
00:09
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