朝から下品な話ですみません
2010年03月21日
ぽかぽか温泉に午前1時過ぎに着いた。
出る頃にアナウンスで
「またのお越しをお待ちしております。」
と
たみ家
「股だけが来てもなあ。股に人格があると主張する人はたくさんいるし、松本人志は股にそれ以外が付属していると著書に書いてたが」
など服を着ながら、内心ボケ兼突っ込みを入れていた。
そういえば
「鞍上に人なく、鞍下に馬なし」って、とってもマッチやフィットしてる様をいうけど、あれも鞍だけが走ってるのかよ!と突っ込んでみる。
店を始めて約4年になるけど、レンタルDVDって借りる習慣がなくなってて、鞆の浦景観訴訟にからんで、「崖の上のポニョ」に言及して、数ヶ月前に、やっと約4年ぶりに借りに行った。
その頃、若くして期待されて就任したGEOの社長が業績不振を理由に、オーナー会長みたいな人に更迭された。
このごろ、夫婦別姓法案が取りざたされている。
昔は、22時過ぎたら母性保護規定とかいって、女性は働けず、それが管理職昇進などを妨げ、平等でないといわれた。
そうはいっても、規定撤廃後もだいたい22時を過ぎたら、コンビニやレンタルビデオショップなんかでは、女性の窓口はシフト上いなくなってることが多かった。
このごろは、深夜3時ぐらいでも、コンビニで女性従業員がいたり、ドンキホーテのレジしてたりすることが多い。
GEOも例外でない。
規定撤廃前も、たぶんラ○ホでシーツ交換したり、風呂掃除したりする人は女性だったと思うんだけど、どうだったのかなあ?
勘違い?それとも例外?
さて、ぽかぽか温泉の近くのGEOの東バイパスの店って、貸出窓口3つあって、閉店までずっと全員20代に見える女性なんだよね。
返却と買取と裏方が男性で、なぜか貸出は全員女性であることが多い。
それで、気の弱いたみ家は、せっかくDVDを借りに行っても区切られたスペースのものは眺めるだけにして、「NHKスペシャル 人体」とか「20世紀の映像 アメリカ大統領列伝」みたいなのばっかり借りてるわけだ。
レンタルDVDはTSUTAYAが全体の半分を占めてナンバーワンで、2位のGEOがその約4割ぐらいだったと思う。
社長が更迭されるのも、業績が回復しないのも、午前1時に閉めるのに、ラスト1時間ぐらい「大人の時間」をつくらないことにあったりして、たぶん、大人のビデオは生理現象まあ排泄みたいなものに伴うわけだから、回転数や利益は最も大きいでしょう。
GEOは徹底して男女平等なんだろうか?
たぶんミラクルタウン店は24時間だから大人の時間があると思うんだけど、東バイパス店は比較して極端に大人ものの収益が小さかったりしないのだろうか?
たみ家は、午前1時ぐらいにならないとぽかぽか温泉にもいけないので、セットで行ける東パイパス店にしか行きたくないのだ。
で、最近、脳や遺伝子の話ばっかりDVDで見ているんだけど
快楽をつかさどるのも当然脳なわけです。
勉強って、脳をずっと刺激するわけだから、可能性としては、色んな快楽の中で最も気持ち良いものになるんじゃないの?
役に立つとか、遣り甲斐があるとかそういうのもあるけど、そんな外部環境とのクッションに左右された話でなく、美味いもの食べるとか、温泉に入るとかよりも、直接的な快感を長時間もたらし続ける可能性はあるんじゃないの?
パチンコや競馬よりは脳に刺激を与え続けてると思う。
あえてエキセントリックに書いてみよう。
「勉強は最高・最大の快楽を生む娯楽」
「勉強は射精よりも気持ちいい」
勉強があまりに快感の大きいものだと信じられるようになると条件反射みたいに
「『梅干』という言葉を聞いたり、思い浮かべるだけで唾液が出るように、『勉強』という言葉を発したり聞くだけで、わくわくするしうっとりする。ああ、脳内麻薬が出まくって、ドーパミンが分泌しまくりだ。」
「起きてる時間のうち、勉強以外のことをしている時間の快楽が小さいと思う。」
たみ家の快楽受容の身体のあり方に多くの人と違うものはないと思う。
そう信じるようになるまでの経緯が違うので多くの人は、たみ家が上で書いたようなことは思ってないと思うけど、身体のあり様としては、多くの人が、勉強を最高最大の快楽と思える可能性はあると思う。
快楽をつかさどる脳に刺激を与え続けて長時間できるという点では、長時間のオルガスムスのようなものをもたらすのでは?
他の多くの行為は勉強ほど長時間にわたって、脳を刺激しないからね。
楽しいことは自分だけで取っておいたらいいんだよ。
それをあえて、下品にエキセントリックに書いてみる理由としては、今の世の中には、こういう考え方が大事で
多くの人に、インパクトを与えるためには、脳にガリっと来る刺激を与える言い方も追求しようかなとNHKスペシャルシリーズのDVDを見て思ったというのはある。
GEOに男性の貸出窓口があったら、これは書いてないかもしれない。
「勉強は射精よりも気持ちいい」
「勉強って言葉を聞いただけ最高の情事の前のわくわく感とその後のうっとり感を味わえる」
「勉強は長時間持続するオルガスムス」
「勉強以外の時間の快楽水準が低くて無駄な時間に思える」
あえて奇天烈に書いてますが、迷言でありながら、歴史的名言になったりしてね。
今の日本人とか日本の置かれた状況を考えて、人々がどういう感覚を持つことが有効なのかを考え続けて、こういうことを書いてみるにいたったわけだけど、勉強が苦痛だったり、損なことのように思う感覚を脱するためには、たみ家が上で書いたような素直な感覚はいると思う。
快楽水準
勉強>射精>珍走>パチンコ
脳と快感のメカニズムを考えたら、こうなってない状況が不自然で何か異常な障碍に妨げられているのかもしれない。
快楽は脳の刺激によってしか起こりそうにないからね。
それが随意・時間無制限に起こせる勉強は快楽追求として有効だという考え方は自然だ。
そして、世の中は、おぜにさんと勉強でしか、同時に億人単位の人に幸福追求の機会を提供できないもんだ。
それを社会に実現させることは、直接快楽が大きい上に、さらに山びこのように2次快楽も大きい。
勉強は脳内麻薬出しまくるうえに、他人をも幸せにできるんだから。
こんなにお得で気持ちいいことが他にあろうか?
いや無い!
出る頃にアナウンスで
「またのお越しをお待ちしております。」
と
たみ家
「股だけが来てもなあ。股に人格があると主張する人はたくさんいるし、松本人志は股にそれ以外が付属していると著書に書いてたが」
など服を着ながら、内心ボケ兼突っ込みを入れていた。
そういえば
「鞍上に人なく、鞍下に馬なし」って、とってもマッチやフィットしてる様をいうけど、あれも鞍だけが走ってるのかよ!と突っ込んでみる。
店を始めて約4年になるけど、レンタルDVDって借りる習慣がなくなってて、鞆の浦景観訴訟にからんで、「崖の上のポニョ」に言及して、数ヶ月前に、やっと約4年ぶりに借りに行った。
その頃、若くして期待されて就任したGEOの社長が業績不振を理由に、オーナー会長みたいな人に更迭された。
このごろ、夫婦別姓法案が取りざたされている。
昔は、22時過ぎたら母性保護規定とかいって、女性は働けず、それが管理職昇進などを妨げ、平等でないといわれた。
そうはいっても、規定撤廃後もだいたい22時を過ぎたら、コンビニやレンタルビデオショップなんかでは、女性の窓口はシフト上いなくなってることが多かった。
このごろは、深夜3時ぐらいでも、コンビニで女性従業員がいたり、ドンキホーテのレジしてたりすることが多い。
GEOも例外でない。
規定撤廃前も、たぶんラ○ホでシーツ交換したり、風呂掃除したりする人は女性だったと思うんだけど、どうだったのかなあ?
勘違い?それとも例外?
さて、ぽかぽか温泉の近くのGEOの東バイパスの店って、貸出窓口3つあって、閉店までずっと全員20代に見える女性なんだよね。
返却と買取と裏方が男性で、なぜか貸出は全員女性であることが多い。
それで、気の弱いたみ家は、せっかくDVDを借りに行っても区切られたスペースのものは眺めるだけにして、「NHKスペシャル 人体」とか「20世紀の映像 アメリカ大統領列伝」みたいなのばっかり借りてるわけだ。
レンタルDVDはTSUTAYAが全体の半分を占めてナンバーワンで、2位のGEOがその約4割ぐらいだったと思う。
社長が更迭されるのも、業績が回復しないのも、午前1時に閉めるのに、ラスト1時間ぐらい「大人の時間」をつくらないことにあったりして、たぶん、大人のビデオは生理現象まあ排泄みたいなものに伴うわけだから、回転数や利益は最も大きいでしょう。
GEOは徹底して男女平等なんだろうか?
たぶんミラクルタウン店は24時間だから大人の時間があると思うんだけど、東バイパス店は比較して極端に大人ものの収益が小さかったりしないのだろうか?
たみ家は、午前1時ぐらいにならないとぽかぽか温泉にもいけないので、セットで行ける東パイパス店にしか行きたくないのだ。
で、最近、脳や遺伝子の話ばっかりDVDで見ているんだけど
快楽をつかさどるのも当然脳なわけです。
勉強って、脳をずっと刺激するわけだから、可能性としては、色んな快楽の中で最も気持ち良いものになるんじゃないの?
役に立つとか、遣り甲斐があるとかそういうのもあるけど、そんな外部環境とのクッションに左右された話でなく、美味いもの食べるとか、温泉に入るとかよりも、直接的な快感を長時間もたらし続ける可能性はあるんじゃないの?
パチンコや競馬よりは脳に刺激を与え続けてると思う。
あえてエキセントリックに書いてみよう。
「勉強は最高・最大の快楽を生む娯楽」
「勉強は射精よりも気持ちいい」
勉強があまりに快感の大きいものだと信じられるようになると条件反射みたいに
「『梅干』という言葉を聞いたり、思い浮かべるだけで唾液が出るように、『勉強』という言葉を発したり聞くだけで、わくわくするしうっとりする。ああ、脳内麻薬が出まくって、ドーパミンが分泌しまくりだ。」
「起きてる時間のうち、勉強以外のことをしている時間の快楽が小さいと思う。」
たみ家の快楽受容の身体のあり方に多くの人と違うものはないと思う。
そう信じるようになるまでの経緯が違うので多くの人は、たみ家が上で書いたようなことは思ってないと思うけど、身体のあり様としては、多くの人が、勉強を最高最大の快楽と思える可能性はあると思う。
快楽をつかさどる脳に刺激を与え続けて長時間できるという点では、長時間のオルガスムスのようなものをもたらすのでは?
他の多くの行為は勉強ほど長時間にわたって、脳を刺激しないからね。
楽しいことは自分だけで取っておいたらいいんだよ。
それをあえて、下品にエキセントリックに書いてみる理由としては、今の世の中には、こういう考え方が大事で
多くの人に、インパクトを与えるためには、脳にガリっと来る刺激を与える言い方も追求しようかなとNHKスペシャルシリーズのDVDを見て思ったというのはある。
GEOに男性の貸出窓口があったら、これは書いてないかもしれない。
「勉強は射精よりも気持ちいい」
「勉強って言葉を聞いただけ最高の情事の前のわくわく感とその後のうっとり感を味わえる」
「勉強は長時間持続するオルガスムス」
「勉強以外の時間の快楽水準が低くて無駄な時間に思える」
あえて奇天烈に書いてますが、迷言でありながら、歴史的名言になったりしてね。
今の日本人とか日本の置かれた状況を考えて、人々がどういう感覚を持つことが有効なのかを考え続けて、こういうことを書いてみるにいたったわけだけど、勉強が苦痛だったり、損なことのように思う感覚を脱するためには、たみ家が上で書いたような素直な感覚はいると思う。
快楽水準
勉強>射精>珍走>パチンコ
脳と快感のメカニズムを考えたら、こうなってない状況が不自然で何か異常な障碍に妨げられているのかもしれない。
快楽は脳の刺激によってしか起こりそうにないからね。
それが随意・時間無制限に起こせる勉強は快楽追求として有効だという考え方は自然だ。
そして、世の中は、おぜにさんと勉強でしか、同時に億人単位の人に幸福追求の機会を提供できないもんだ。
それを社会に実現させることは、直接快楽が大きい上に、さらに山びこのように2次快楽も大きい。
勉強は脳内麻薬出しまくるうえに、他人をも幸せにできるんだから。
こんなにお得で気持ちいいことが他にあろうか?
いや無い!
Posted by たみ家 at
09:18
│Comments(0)
「求めないで」の続き
2010年03月21日
以前、ちょっと書いた
「求めないでやさしさなんか」
の本題を書こうと思って書けてなかった。
ずっと今日書こう今日書こうと思って、書く順番が回ってこなかった。
世の中はだいたい有償双務で成り立ってます。
無償のものや片方だけが履行するものは色々日常あるけど、世の中を回していく力そのものではありません。
政権交代のマニフェストは、与える話ばっかりだった。
小川淳也議員は、政治に信頼がないと国民に求めることはできないといった。
ばら撒きはできても、国民が成長する活動を示すことはできてないと各所で言われ続けている。
ね。
求めることの方が難しいでしょう。
政治の仕事の意味の大きなものは、世の中の方向を示して、国民に役割を求め、その基盤を整えることだと思うよ。
数百人の議員が何かをすることより、1億超の国民に正しく求めることの方が圧倒的に効果が大きい。
今の政治は、国民に求めてないし、求めるものを示してないことが悪い。
アメリカの大統領の就任演説をいくつか聞くと
「本日、アメリカ国内の貧困に対して、宣戦布告をする。この戦争に対して、全政府機関と国民に協力を要請する。」
みたいな、求めることで始まる演説が多い。
経営者も上司も、自分で仕事し過ぎたらいかんという。
部下を動かしなさいと。
求めることが大事で、求めるために、自分が動く。
他者に対して正しく求められる人間になるために、全体や関係を見るし、信頼を得る必要も出るし、自分をも律する。
全体も見えず適確に役割やスケジュールを意識できず、自分を律してなくて、信頼も得られないから、毅然とできず甘さに流れることは多く見受けられるし、それは難しくない。
他者に求めず、ただ優しくすることは、易しさに流れてると思うし、世の中をむしばむことがある。
求めるべきときに、求めずに易しさに流れることは、臆病なことだと思う。
無償の愛の必要を説く意味よりも、こっちの意味の方が世の中では圧倒的に大きいと思う。
たみ家が、人を雇用したり、多くの関係者の間に入ったときに、適確に他者に指示や協力要請ができずに、「自営だしまあ起きてる時間全部仕事だ」とばかりに、日長雑務をしょいこんで非能率に陥ることがちょいちょいある。
組織の世界でも、それは良くないことだろう。
他者に求める役割や関係を意識しないがんばりは自分にとっても他者にとっても色んな意味で有害だ。
自分個人の経験からも他者を見るにつけても、切に思うところがあった。
だから、ドント説よりも、ウィズアウト説のように聴こえてしまうようになったのだろうと思う。
正しく求めることが、自他を幸せにして、世の中を良い方向に導くメインの力となるのだと思う。
求めないことは、求める関係を諦めた段階のセーフティーネットや隙間の話だろう。
「求めないでやさしさなんか」
の本題を書こうと思って書けてなかった。
ずっと今日書こう今日書こうと思って、書く順番が回ってこなかった。
世の中はだいたい有償双務で成り立ってます。
無償のものや片方だけが履行するものは色々日常あるけど、世の中を回していく力そのものではありません。
政権交代のマニフェストは、与える話ばっかりだった。
小川淳也議員は、政治に信頼がないと国民に求めることはできないといった。
ばら撒きはできても、国民が成長する活動を示すことはできてないと各所で言われ続けている。
ね。
求めることの方が難しいでしょう。
政治の仕事の意味の大きなものは、世の中の方向を示して、国民に役割を求め、その基盤を整えることだと思うよ。
数百人の議員が何かをすることより、1億超の国民に正しく求めることの方が圧倒的に効果が大きい。
今の政治は、国民に求めてないし、求めるものを示してないことが悪い。
アメリカの大統領の就任演説をいくつか聞くと
「本日、アメリカ国内の貧困に対して、宣戦布告をする。この戦争に対して、全政府機関と国民に協力を要請する。」
みたいな、求めることで始まる演説が多い。
経営者も上司も、自分で仕事し過ぎたらいかんという。
部下を動かしなさいと。
求めることが大事で、求めるために、自分が動く。
他者に対して正しく求められる人間になるために、全体や関係を見るし、信頼を得る必要も出るし、自分をも律する。
全体も見えず適確に役割やスケジュールを意識できず、自分を律してなくて、信頼も得られないから、毅然とできず甘さに流れることは多く見受けられるし、それは難しくない。
他者に求めず、ただ優しくすることは、易しさに流れてると思うし、世の中をむしばむことがある。
求めるべきときに、求めずに易しさに流れることは、臆病なことだと思う。
無償の愛の必要を説く意味よりも、こっちの意味の方が世の中では圧倒的に大きいと思う。
たみ家が、人を雇用したり、多くの関係者の間に入ったときに、適確に他者に指示や協力要請ができずに、「自営だしまあ起きてる時間全部仕事だ」とばかりに、日長雑務をしょいこんで非能率に陥ることがちょいちょいある。
組織の世界でも、それは良くないことだろう。
他者に求める役割や関係を意識しないがんばりは自分にとっても他者にとっても色んな意味で有害だ。
自分個人の経験からも他者を見るにつけても、切に思うところがあった。
だから、ドント説よりも、ウィズアウト説のように聴こえてしまうようになったのだろうと思う。
正しく求めることが、自他を幸せにして、世の中を良い方向に導くメインの力となるのだと思う。
求めないことは、求める関係を諦めた段階のセーフティーネットや隙間の話だろう。
Posted by たみ家 at
00:12
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