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Posted by あしたさぬき.JP at

すごく遅く気づいたこと

2010年12月30日

「みそか」って「三十日」から来てるんだなあ。って昨日、味噌を見ながら初めてきづいた。

めちゃ遅っ!

「三十路」って、洋食から味噌の味が好みになる時期から来てるんだって!
知ってた?

1人でも信じてくれた人がおったら、嬉しいね。ウソだけど。


ホントの話に戻って、もとの意味なら、今日がみそかだけど、転じて最後の日を言うようになったのね。

人生で、ときどき誰でも知ってそうな拍子抜けするぐらい簡単なことに、すごく遅く気づくことがある。  

Posted by たみ家 at 22:30Comments(2)

土鍋発見

2010年12月30日

12月31日は、うどん店で、鍋、年越しうどん・そば、雑煮などやりつつ、紅白など見ながら年越し予定。

朝から土鍋を探していたけど、思わぬとこから出てきました。
  

Posted by たみ家 at 21:48Comments(2)

うどん屋は何業?

2010年12月28日

うどん屋は
劣化しやすい調理済食品を製造、販売してます。

それだけでしょうか?
会社や学校の近くに店構えて準備して待ってるってことは、会社や学校に立ち入って個別配達してないだけで、公約数的にかなり近いところまで配達したのと構造同じですよね。

セルフうどん屋ってのはたみ家の直感では3〜4割ぐらいは配達業なんです。
街中では300メートルを超える、好みによる店選びの逆転はまずありません。

徒歩なら、一般的にセルフうどん屋の徒歩商圏は半径300メートルで、それを超える人はブロガーさんに近いレベルの人ぐらいで、毎日色んなとこからお客さんは見えますが、やっぱりほぼ毎日9割近くは300メートルぐらいで納まってます。
これはセルフうどん屋が配達業であることの証明です。
これが1000円を超えると取りに行ってでも品質や好みの差を求める率が上がります。

飲食店は単価が下がるほど配達業の要素が上がり、近さこれ極まれりがビルに売りに出る260円ぐらいの弁当で、安いと近いは親和性が乗の関係で上がります。

立地とは配達の意味が、イコールではないが大きい。

配達業の要素はロードサイドなら小さくなります。

単純手間賃業や技術料を取るサービス業の面もあるでしょう。

池上さんや山越さんやがもうさんなど考えると、アイドル業、レジャー業、その他情報産業の面も持つでしょう。

3世代以上で大家族が待って、団らんできる空間や品揃えや接客や設備のサービスがあるかなど、カラオケボックスのような空間提供業の面もあるでしょう。

掛け算関係だから、商品の差も重要ですが、一つの要素の数の差よりも、鮮やかにたくさんの要素が掛け算でつながってることの方が商売の結果にとっては大きい。

商品はあくまで掛け算の式の数の一つだから単独では90点でも80点でも大差ありません。

しかし、90点のとこと80点のとこでは、他の掛ける数を大きくしたり、式をつなげる力に差が出ることもよくある。
だから、優れた技能者は、より優れたアイドルにも商人にもなれる素地はある。  

Posted by たみ家 at 22:14Comments(2)

男女共同参画かあ。

2010年12月27日

これは極めて大事な話だと思えてきた。

ほんと政治家の半分は女性がならんとあかんわ。
これは女性のためと言うより、万人の死活問題だろうなあ。

男性が育児に参加するとか、たみ家は直接当時者になってませんが、「イクメン」ってのは大事だろうなあ。

これを進めないと、未来にとてつもない恐慌をもたらすだろうなあ。

女性から子育ての負担を軽減させることは、やらなければ社会が総死にになる。
香川でも人口の52%以上が女性で、高齢化に従って、すぐに女性の有権者比率が圧倒的となり、社会保障費も圧倒的に女性のために使われる。
当然、政治的決定の半分以上を女性がしなければならないだろう。

なぜ、今、女性は圧倒的に男性を政治家に選ぶのでしょうか?

立候補の時点で女性がいないから?

女性に適当な人が少ないの?

後期高齢者と名指しされた層の70%ぐらいは女性で、今の中学生が壮年になるころには、香川の人口の20%以上が高齢者の女性だけで占めるようになるでしょう。

働かずに誰からも受けとれませんよ。

国からも配偶者からも子からも。

男は統計上、65歳過ぎたら、貧乏な人ほど早死にする人が多いし、職業能力も資産も、同年代の女性に比べたら概して言えば圧倒してます。

65歳過ぎての社会保障費は8割方は女性のために使われます。

職業能力、決定権、資産など、男性と同等以上に持ってないとこの先、恐慌になるでしょう。

息をタダで吸って吐けないというのがよくわかります。

日本が最先端でその中でも四国はずば抜けて高齢化が進んでます。

日本はまぎれもなく、高齢女性の国になっていくんです。

30歳は高齢ではありませんが、30歳以上の女性だけで四国の人口の50%近くを占める時代が遠からず来るでしょう。

このときに、先進科学技術立国日本の中で、急激に役割をつくることなどできるでしょうか?
65歳過ぎた女性がもらう側でなく、まだ稼いで、若者の学費まで負担しないとバランスは取れないでしょう。

そうなると、出産に対する女性のモチベーションや社会の空気はどうなるでしょうね?

必ず、日本は高齢女性がメインの国になります。
政治は必ずここから逆算しないといけません。

高齢化社会の問題は、主に女性の問題であり、そうデフォルメすることで、政治への女性進出や子育て支援やワークシェアや教育改革、生産性や格差の問題としっかりと構造を持って有機的にリンクします。

ここから目を背け、政治が逃げたら、今の若い者が壮年になるとき、すべての官公の予測よりはるかにひどい破綻が来るでしょう。

たみ家が酷なのではありません。
嫌われるのが怖くて言わないのが残酷なんです。
2千万人ぐらい外国人を受け入れる度量が日本にあるでしょうか?

アメリカは白人の合計特殊出生率は1・2ぐらいですが、まだ人口増えてます。

外国人を受け入れるにしても、その時の人口の重心は年配の女性です。

現在、女性はいわゆる老後に、頼れる配偶者がいなければ、男性の半分も資産持たずに、倍の人数、倍ぐらいの期間を生きなければいけないわけです。
配偶者がこれから残してくれるとは限りません。
こんなバランスになったら、国も子もこの先はあまり当てになりません。

そして、わが国の独居高齢者の8割は女性です。
香川だと小豆島など島に極端に多い。
田舎でも三豊では独居高齢者が少ない。

たみ家は、常にこういう問題意識のもとに構造と有機的なつながりを持って、各論を話してます。
首都圏解体や税制のような大きな話しだけでなく、信号番号もお姫様抱っこもそうです。

タッチタイピング普及もマイ箸批判も香川美容フェスタ構想も箸の持ち方の話しも獅子舞振興も、必ず来る社会の問題を構造から表面から、何とかしようとするものです。  

Posted by たみ家 at 20:18Comments(2)

どんな人が?

2010年12月24日

うちは、年始3日だけ休みの予定ですが、元日開けるうどん屋ってすごいなと思う。

たみ家には、どう探しても、元日に出てもよいという人で、戦力になると思う人が1人も見当たらない。

まあ、それが普通なんだと思うけど、仮に配偶者が出る店だったら、よっぽど儲かってないと、配偶者がちょっと気の毒な気がする。

まあ尽くしたくてしょうがないほど、ドMか、むちゃくちゃ惚れてれば別だけど。

うちみたいな小さいところは、すべてのパートが当日のパート頭にならないといけないので、突然来る人は当てにならないし、優秀な人に元日やら3が日にだけ声かけられて時給仕事したい人ってまずいません。

家族、親族でがんばるか、正社員並みの賃金払う人を含めて多数雇用してないと、簡単じゃないだろうね。

あっ!たみ家が元日営業したいわけじゃないですよ。
たみ家が書いてることは、実戦的学問のためのレポートや講義の種であって、一般消費者が見慣れているけど、一般消費者から見えにくいことを書いてるだけです。
パートの問題点とかも、愚痴でも怒りでもありません。

こういう問題が起こり得るよ。
こういう問題は克服が難しいよ。
という情報伝達です。

商人は一切良くないことを書くべきでない。
得することは稀にあっても大局的に必ず損する。
たみ家がネガティブに発信する情報はすべて、学者としての言葉です。

商人は
いつもありがとうございます。
お客様の笑顔が、わたしどもの元気の源です。
おかげさまでいつもにぎわって忙しくさせていただいてますが、大好きなうどんづくりをやらせていただいて本当に感謝してます。
まごころ込めて美味しいうどんをつくってます。心よりお待ちしてます。
こういう話を徹頭徹尾した方が良い。

ウソ臭く思う人もいるかもしれないが、腰低く丁寧にそういうことが言えるうどん屋に敗者はまずいない。

商品の価値や自店の老舗っぷりや店内の流れなどは売上に関係するのでわかってもらえば良いが、おぜにさんに関係のないことなどわかってもらおうとしないことだ。
直接おぜにさんのプラスにならんことをわかってもらおうとするのは、学者の仕事です。

元日開ける店の従業員を眺めてみましょう。

たいてい何か理由が垣間見えるでしょう。

家族がいない人。
元々そういう職種で家族ごと納得している。
学生アルバイトで、短期の学生で回る仕事、または補助だけに回せるだけ熟練スタッフか多い。
家族総出。
人雇ってないとこの店主の単独営業。
外国人。

など、見たら「は〜ん」って納得のケースも多いでしょう。  

Posted by たみ家 at 09:04Comments(2)

2010年12月23日

社会を考えるに
何のために考えるかと言えば
当然、人の生のために

たみ家は
鳥の眼と蟻の眼をバランスよく持ち合わせていると思うが

人工衛星の眼や微生物の眼が欲しい。

これは、時間やおぜにさんをある程度持って、外に出たり、大量のデータのインプットやフィールドワークが必要となる。
今は、鳥と蟻までが限界か。  

Posted by たみ家 at 10:21Comments(0)

調子に乗って

2010年12月22日

たみ家は、集団とか公共とか多数の他人が関係することについてはマジメに考えますが、自分個人のことになると財布や免許証がなくなっても、公共問題の思索が調子が良かったらそっちの方が大事だから探しません。

時刻表とか一人旅のときとかは見ないし、乗り遅れても、野宿になっても意に介しません。

そんなわたくし、一人しかおらんのに、さっき6玉分も焼きうどん作ってしまったよ。

晩飯ちょっとだけ食べてるのに。

ええい。全部食ってやる!  

Posted by たみ家 at 22:33Comments(0)

月が大きくて低い

2010年12月22日

今、月が低くて大きくて丸い。
低い月は赤みがかるというが、下降気流だし雨があったから空気が澄んでいるような。

うさぎが餅つきとか、片方ハサミが無いカニが横向いてるのはよく見えます。

ちょうど虹の出た方向だが、軽く疑問。
月がまん丸に近い状態で反射して光るということは、月を見ているたみ家の真後ろに太陽があるんだろう。

虹が出たときと太陽の方向があまり変わってないよな。

まだ2時間ぐらいしか経ってないとはいえ。

あ〜。
たみ家、生活に関係ないとか思って天文とか全然興味なくて勉強しなかったわ。

天文を勉強してたら、何かいいことあったかもなあ。

全然わかってないぞこりゃ。  

Posted by たみ家 at 18:32Comments(0)

すごい虹が出とる!

2010年12月22日

うどん屋から外を見ると、先からやたらと空見上げて写真撮る人達続出!
皆既月食が今見えるわけないし、煙突登って叫んでる人でもおるんやろうか?

近所の人達が皆外に出てくるほどで
50年以上生きた人達が大騒ぎしてます。

たみ家史上最高レベルの虹ができてます。

空全面に完全なアーチできてます。  

Posted by たみ家 at 16:27Comments(0)

「第2回耐久お姫様抱っこ香川オープン」に向けて

2010年12月20日

来年4月後半に、高松市中央商店街4町パティオで開催の方向で調整中。
場所取りは問題なさそうです。  

Posted by たみ家 at 21:34Comments(6)

ゆで玉子皮むきの値段

2010年12月18日

おでんのゆで玉子の皮1個むくという行為からだいたいどれぐらいの価格を取らないといけないかというと

だいたい20円、利益や原価や光熱水費その他の手間の人件費などのぞいた皮むきの部分だけで20円取らないとたいがいどんな店も赤字になります。

というか多くが破綻するでしょう。

20円はやや過小評価かもしれません。
普通はゆで玉子の皮むき1個に30円ぐらい取るのが相場でしょう。

40秒の作業に10円取れないと、パートの人件費は出ませんが、待ち時間や殻を捨てる時間やむいた玉子をおでんの機械に入れるために歩く時間やトイレなどかなりの直接調理外の時間がありますが、確実に40秒経過したら労災など付加した人件費が10円分かさむので直接調理部分の40秒では20円かなり規模や効率でレベルが高い店でもいるでしょう。

個々の価格は店によってまちまちですが、ゆで玉子の1個の皮むきに20円の値段を織り込まなければ、資産を店の経営外から持ち出さねば必ず、どんな店も破綻します。
これから開業する人は20円でもまだ甘いと思った方がいいでしょう。
20円は効率トップレベルの数字でむしろ過小評価ぎみですから。

だから、蓄えと年金のあるお母はんがおると3人ぐらいの店は全然違うけど、お母はん含めてたった3人の店で経営者の時給が800円換算では、開業費や借入返済や設備修繕や設備更新費など出るわけないから、やっぱりゆで玉子の皮むき1個につき20円取れないと破綻するでしょう。

これは全産業中、安さで全国にとどろく讃岐うどん界のいわゆるパートのおばさんを基準にした数字です。

だいたい、民間企業の正社員なら退職金積立てや社会保険料の事業者負担など入れたら50円、公務員で65円、民間花形企業なら80円ぐらいゆで玉子の皮むき1個ぐらいの手間で人件費かけてます。
これはかなりの過小評価見積りです。
2割増しぐらいが妥当か。

すると売上はその手間の人件費の4〜5倍ぐらい上がってないといかんわけです。

ゆで玉子の皮むき1個ぐらいの手間で、300円ぐらいの売上で、ようやく日本という国は成り立ちます。

だから、うどん屋のパートの女性やバイトの大半は所得税ゼロで、讃岐うどん店の約半数の店主も所得税かなりゼロに近い人が多いでしょう。

儲かってる繁盛店になるほどパートやバイトの比率が高くなるので従業員は所得税ゼロみたいな人ばっかりです。

所得税ゼロの人件費がゆで玉子の皮むき1個20円なんです。

所得税を負担に思うぐらい納めてる人はその倍以上人件費取ってるに決まってるでしょ!

そこへいくと、讃岐うどん店を増やそうとする地域政策は非常に怪しい。

まして
割箸リサイクルとかプルトップ集めとか悪魔が社会を壊してるんかと思うほど論外。

これ読んだ人たいがい、ゆで玉子の皮むき1個程度の手間で30円取ってない人いないでしょう。
100円以上取る人も専門知識や資格などを背景にしてるだけで、手間はゆで玉子の皮むき1個程度で取ってるはずです。
税理士は仕分け1欄に数字入れるのに100円が相場でしょう。
レシート1つ記録するのにたいてい100円取るでしょう。
それが日本全体の福祉や社会保障などを支えるための普通です。

今、日本人の平均では借金づけなので、平均よりある程度上と目される税理士の生産性ぐらいで、日本を支えるための普通と考えるべきでしょう。
大工さんだって計算したら釘1本打つのに50〜100円ぐらい取ってるかもね。

全体が大きいからわからないけど。  

Posted by たみ家 at 18:05Comments(0)

某リサイクル業者語る

2010年12月17日

「プルトップを集めたら、車椅子を贈るってのをある企業が始めたから、そんなことやってるけど、プルトップだけ集めて持って来られたら、処理する機械の規格と合わずリサイクルしにくいから、缶のまま持って来てもらった方がリサイクルしやすいんだけど。

どうせ、アルミやスチールなど溶解したら比重の違いから自然に分離するから、プルトップが外れようが、外れまいが関係ないんだけど。

あんな無駄なことして外しにくいプルトップひっぺがすときに手を切る人がいるみたいだけどバカな話だね。

プルトップだけで持って来るのは歓迎しないなあ。
缶のまま持って来てくれりゃ何も問題ないんだけど。」

たみ家が
「割箸リサイクルとか、ああ言うことやってる人って補助金たかりゴロなんですか?」

すると
「まったくその通り、昔何も考えずに県がものすごい補助金出したから味しめたみたいで、お金もらうことと、新聞で美談みたいに取り上げられたり、表彰されることには興味あるけど、環境とか世の中を良くすることにはあまり興味ないような人達だよ。
環境に役に立たないと思うことや無駄と思うことでも、何か美談になりそうなことやお金を役所から引き出せそうなこと探しては、迷惑を顧みず、ほうぼうに頼み回っているみたいだ。」

たみ家は他に割箸屋さんにも聞いたけど、
「環境にも商売にも役に立たないし、曲がった木を箸にするんは手間がかかるうえに品質も悪いし売り先がないしで、絶対にしたくなかったんだけど、頼んで頼んで頼みこまれて、間伐材割箸つくることにしたけど、ほんと迷惑してます。
80歳過ぎたじいさんに暇潰しにさせてますが、こんな無駄なこと四国で引き継ぐ人絶対にいません。
これに県から補助金が出て高値で引き取ってもらってるけど、じいさんの暇潰し程度しかつくれないし、業務では使えず、無料でイベントで配ってます。
割箸つくる機械って何千万円もするし、もう四国にうちにしかないんだ。
新しく何千万円もかけて割箸つくる会社がこれからできるわけないし、こんな無駄なことじいさんの暇潰しじゃなかったらできんし、オレは絶対やらんから、この取り組みが拡がる可能性はないよ。
頼みこまれて、補助金もらって、じいさんがやってるからしょうがないけど、オレが県内の8つの製材所に間伐材取りに行ってるけど、薪にして燃やした方がいいのにね。」  

Posted by たみ家 at 22:01Comments(2)

驚くべき素直な反応

2010年12月17日

昨日の記事の続きですが、県教育委員会の小中学校の指導内容を司る指導教員に

「7年もプルトップ集めて10万円の車椅子1台贈るって、1人当たりの成果は、3日で1円にもなってないで、それでも集まりが悪くて、小学校や自治会なんかにも頼んで、それでも7年がかり。中学だけだったら10年でもかかったやろう。

118人生徒がおって、環境にいいことをやってもらうように時給たとえ300円でも何かもっと価値のあることをプログラム化したら、1人3時間でもう車椅子1台贈れるでしょう。

価値の無いことをダラダラとやらすのこそ、教育費の無駄で施設の無駄。形あるものにこだわって、福祉や防災など大事なこととの調整で割り振られた莫大な費用かけて用意された教育の機会を無駄にすることに無頓着なのは問題だ。

こんなん環境の足しにもならんし福祉にも教育にも意味ない。教員が広い視野と日本の現状を把握した上で、小さい物の節約だけにしがみつくのでなく、価値のあるプラグラムを提示できるようにならないとダメだ。

これだったら、そんな無駄な時間普通に勉強しとった方がいい。私たちは財布からおぜにさん出すときに出費してるのでなく、寝てるときまで、社会インフラや介護負担などが刻々と進んで出費しているから、財政赤字に陥る。

むしろそういうことを教えないとダメでしょう。

また、中国や韓国などの激しい追い上げの中、エネルギーも農地も乏しいわが国において、価値あることをきちんと提示して、教育が高められなければ、社会全体が破綻することはわかりきったことでないか。

生徒の未来やそのときの社会にまで責任を持つのなら、目に見えて簡単だからと価値もないことにダラダラと流れてはいかんでしょう。」
と言ってみた。

驚くべき素直な反応が
「全面的にあなたのおっしゃることが正しく聞こえます。教員や生徒では気づかない視野の広い価値あるご提言ありがとうございます。プルトップ集めにしがみつくことはおかしいと私も思います。生徒ももっと考えないといけないし、大人ももっと視野を広げるべきでした。こういうことを美談のように片付けてはいけないと思います。もっと価値あることをしていれば1年で複数台の車椅子を贈れたと思います。成果を無視してがんばればいいということを大人がやらせてはいけなかったと思います。」

今までは
「生徒が自分達で考えてがんばったことに意義がある。」
みたいな、そんなんだったら、天下り法人のやってること全部正しいってみたいな、積み木をその場で積んでは崩し、崩しては積みみたいなことをも是認するかのごとき回答もあっただけに、指導教員の質が上がったかなと思った。



もう一つ、宇多津町長の報酬返上だけど
公職選挙法では、町長や議員が寄附するのは、買収行為として違法です。

報酬としてもらう前にやれば、まだ自分のおぜにさんでないから、違法でないという脱法行為ですが、一緒ですよね。
生活費として報酬1年間1円もいらないというんだから間違いなく金持ちの町長が選挙民におぜにさんで評判とってることには変わりないですよね。
宇多津の小学校のエアコンは、立派な町長さまがつけてくださったということが永劫語られるわけですね。

ところで、報酬としてもらってから寄附したら、寄附しようがしまいが報酬に対して所得税がかかるんですよ。
ところが、もらう前ならかからないじゃない。

実質違法なことをやった結果は変わらない上に、本来払うべき所得税払ってないときている。

寄附をやっても寄附金額部分に所得税はかかるんだよ。
自治体への寄附ならいくらか軽減措置はありますが。

実質的には、公職選挙法違反+脱税

こんなこと指摘しない人がぼ~っと眺めてるのがおかしい。
気づかないのもおかしいし、気づいても指摘しないのもおかしい。

こっちは県の選挙管理委員事務局の職員は、ごにょごにょと歯切れ悪くごまかしてたなあ。
実質認めとるけど、言えんのやろうなあ。
  

Posted by たみ家 at 08:23Comments(2)

直径18センチの紙皿の重さ

2010年12月15日

マルナカさんで見たら、100枚で700グラムなかった。

これは使い捨て紙皿がエコでコストダウンで、いざ誰か休んだりしたときの対応やパートさんの疲労軽減などに素晴らしくいい説が有力となった。
エコを犠牲にしてじゃないよ。
エコでも上なんだよ。

使い捨てが環境に悪いって六曜や風水や血液型占いみたいな迷信になってるね。

迷信より事実に立脚して考えよう。

日本はエコ迷信などを通じて、暗黒の中世のような状態になっている。

何をしたら、させたらいいか解らないからと、積み木を積んでは崩し、積んでは崩しして、教育の機会を無駄にしている。
エコだけのためにバラバラに個人が何かやると絶対に焼畑農業になる。

価値あることをスマートに行うことでしか、活力とエコは個人の都市活動の中では両立しえない。
刻々と秒単位で発生する自分の人件費や社会資本の減耗やインフラ維持にかかる費用が無価値な活動のために漏れ続けていることが、最も恐ろしいことで、今日明日人が死ぬ話になっていることを問題視すべきだ。

プルトップ集めとか、外国が日本をダメにするための侵略勢力が教育界に紛れ込んでるのかと思うよ。

7年間で、中学生118人がクラスマッチで奔走して10万円の車椅子を障害者福祉施設に贈ったそうだが、1人が3日で1円しか競ったのに集まってないぞ。

福祉や防災の予算と引き換えに用意された全国で何兆円もかけた教育のハードやソフトを無駄にすることが、おぜにさんの無駄であり、校舎に使われたコンクリートの無駄であり、教材に使われた紙の無駄やって。

プルトップ集めって学校総出で自販機の釣り銭取り忘れや機械の下の小銭手を突っ込んで集めさせる以下でしょう。

エコにも福祉にも教育にもまったくならんぞ。

教師は国を滅ぼす気か!社会の発想が貧困過ぎるとは的を射てるよ。

こういうように考える人が増えんと日本はボロボロになって必ずあなたが困るよ!

いやプルトップ集めや割箸リサイクルなんかぼやっと許してきたから、そんなん止めさせる人がいなかったから日本は香川はヤバくなってるんだって。

頼むは!
プルトップ集めや割箸リサイクルみたいなことが有りだと思ってる人は国や地域を破壊しとるで。
わし、選挙とか出たない理由の一つは、本当に価値ある真実の意見をこうやって言うと、消費者団体、環境団体、教育界、車椅子贈った地域の人達、称賛したメディア、賛同企業、関わった役所までに嫌われかねんやん。
選挙に出る人はここでビビってチビるやん。

もう一個、今日の新聞からネタ拾うと、宇多津の町長のやっとる報酬返上して小学校のエアコンに充ててくれいう話は、憲法や民主主義への挑戦ともいえる公職選挙法の買収行為を防ぐ趣旨を没却する犯罪まがいの行為だろう。
おぜにさんくれたらええんなら日本中どこも、金持ちが公職就いて、おぜにさん配らせたらええがな。
それは民主主義なんかい?
宇多津も2万人おるんなら地域全体で機運盛り上げて、住民主導で必要なことやれよ!
生活費1円ももらわなくていいという資産家に恩着せられて、住民が町長にバカにされとんやって。

とこれまた、
「もらえりゃ何でもいい」
という人や宇多津の人に嫌われてみる。

宇多津町民は、
「そんな票買行為許して自分らの街をダメにしたらいかん、われわれで費用集めよう」
って言わないかんって。
選挙出る人って、こういう真実を引っ込めるでしょ!

だから在野の研究者として、価値ある真実の力で地域を良くしたいんよ。  

Posted by たみ家 at 23:23Comments(0)

紙皿から拡がる話

2010年12月15日

ゴリマルさんとこで読んで思った。
うち、うどんだけの人も多いから天ぷら皿は100枚1日出ないけど、だし汁とかおにぎりとか油でない汚れならともかく、天ぷら油やソース汚れをガス給湯器焚いて、洗剤使って、大量に汚れを水に流すなら、週間ジャンプ1冊分より軽い紙皿100枚まとめて捨てた方がエコにいいし、コストダウンできて、お客さんにも清潔で、パートさんも経営者も心身のストレスが軽減するし、店の中のガチャガチャ音が減る。

エコ、コスト、快適さ、サービス向上すべての点で使い捨て紙皿が勝るように思うなあ。
こういうガスや水や時間の浮いた分を創作や生産性の向上に結びつけないと、個人のセルフうどん屋は逆にやれないかもなあ。

エコでもコストでも使い捨てが勝って、時間ができて身体も楽になるような気はするね。

紙皿8千円分使う間に、水道2千円、ガス3千円、洗剤300円、人件費8千円ぐらいは浮きそうだ。

紙皿は月、週間ジャンプ15冊分ぐらいだろうがこれをまとめて捨てる方が、ガス焚いて月間、数百リットル以上の水使って油や洗剤流すよりエコだと思うなあ。

マイ箸や、補助金たかりとさえ思える割箸リサイクル、こんなバカげた啓発事業の温存が無駄な役所のポストや天下り的外郭団体の温床になってることがわからんかね?
官民挙げて、補助金たかりやエコに名を借りた売名や組織防衛、ポスト温存などのために、中世の教会がかった迷信的な歪みがエコ啓発活動に生じている。

こういう考え方を許す風潮は、日本の活力にブレーキをかけ、財政を圧迫し、国民の税の負担や社会保障の不安を増やす悪の根幹だ。

まじめに考え、声出すのは然るべきとこがやろうね。

たみ家は、こうやって色々書いてると、「選挙出んか」とどこまで本気か知らんけど、言われるが、そういう無責任なことはおぜにさん出す人しか言うたらいかんな。

飲み仲間やソフトボール仲間がおる消費者団体や役所の担当事業を、廃止にかかるのは気が重いし、疲れます。

そこまで平穏な人間関係を犠牲にして、人前に出るのが好きでなく、家で1人で読書してたら他に何も要らんようなたみ家が言わないといかんかね?

「割箸リサイクル止めたら?」
って電話でも、直に会うときも言ってるけど、うちのお客さんも関係者にたくさんおるがな。

然るべき人が的確に問題把握したり、課題設定して、わしにまでいちいち言わす前に片付けてくれ。

わしプライベートでは当たり障りのない人間でおりたいから、わざとおどおどして弱く見せたくなることがある。

公開討論で指摘したり、ブログで糾弾するの、わし何も得しないのに、やってるとときどき会ったことない人にコワイ厳しい人だと思われてることがあったら好かんから、余計にバランスのために、弱々しく見られようと努力したくなることがある。

地位に就いとる人がきちんとやってくれたら、わしは飲みやソフトボールの練習で会うこともあるうちのお客さんの関わる事業に対して、批判せんで済むがな。
といっても、やるけどね。
賛同企業の従業員のお客さんとか入れたら、30人ぐらい知ってる人だけでおるよ。
会ったことない人にまで敵意持たれかねんよ。

浅く広い客商売しとるのに。

だいたい知り合いのやっとること批判したら、おらんようになったら、陰口大会でも始まるのが相場やろ。

まあ使命やわな。

よく、子どもがおったらそんな余裕ないとか言うのがおるけど、あなたは子どもおったらタバコやパチンコ止めてる?
本気で大事だと思ってることや好きなことは止めんやろ。
わしも、無休で布団で寝る間が無かろうが考えるペースは落ちんし、仮にホームレスになってゴミ箱あさる境遇になったとしても考えるペースは落ちないだろう。
むしろ、経済や雇用情勢への問題意識を更に深め、更に意を強くするだろう。
子どもがおるんやったら余計にその将来に責任があるんやから、地域を良くするために考え続け、声や知恵出さんかな!

とはいえ、その使命は、自分より優れた論者が高松や香川に何万人も出て、たみ家が言うことがなくなったり、たみ家が文句言うようなヘンな施策や事業がなくなったり、地域の状況が良くなることでなくなってほしい。
  

Posted by たみ家 at 06:12Comments(2)

デフレ

2010年12月14日

デフレになると事業者は
資産規模
高い技能
を要する。

客単価が下がれば下がるほど、生活費や養育費や老後資金の最低限を稼ぐためには広い店舗や多数の人員を要する。

100円の物を粗利30円で売って生活費稼ぐなら、こども二人大学行かせて、老後資金出すのに毎日2000個売らないといけません。
粗利って家賃や光熱水費や人件費や借入返済など引く前の数字だから、2000個でもきついか。
低単価のものを扱うなら、広い店舗や人員が要り、単価が下がるほど規模の差が素直に物を言います。

一方、比較的材料や商品の仕入の少ない専門技能サービスで単価5000円以上なら10人のお客さんでやれるので狭いとこで少人数でやれるので、高い設備が必須でなければ、固定費は軽い。

低単価のうどんでも開業資金3千万円ぐらいないと最近はやれる雰囲気が乏しいから、低単価で大人数入れるとこは、お洒落な美容院ぐらいは初期設備要るでしょう。

診療所や歯科医院と比べたら安いかもしれませんが、微妙です。

ただ、駐車場は低単価なら100円パーキングもったいないけど、専門技能で高単価勝負なら100円の比率が下がるし、客数も少ないので、駐車場の負担が軽い。

500円以下の物を売っている典型と言えば、ダイソー、ホームセンター、イオンなどで広大な店舗と広大な駐車場があるか広大な駐車場のある施設にテナントで入っていることが多い。

もしくは、高松中央商店街なら最も良いところにそこそこ広い店舗構えてあります。

一方、これらにやっつけられたのは、街の文具屋、金物屋、八百屋などシャッター通りの下りたシャッターの典型でしょう。

また人や技術につく客単価3千円以上の業態の典型で最も事業者数が多いのが理容、美容です。
理美容総数でコンビニの10倍ぐらい。
医院や歯科医院もそれぞれでコンビニよりは多い。
マッサージも知らないけどけっこう多いでしょう。

理容なんかでも、理容スーパーなんて1000円以下のとこができたら、そこと実力の差を見せられないと生き残りにくいでしょう。

薬売る資格が薬剤師以外に認められたら、企業的な薬屋の人件費下がりますが、個人の薬剤師の店主は、より実力差出さないといけません。

デフレになっても家賃や電力とか案外下がりませんし、大学の学費とか医療費や介護保険などはむしろ上がりかねませんから、デフレは事業者には損が大きい。

資産規模がどんどん物を言うのが、デフレや人口減の時代。

資産規模が乏しければ、その不利の隙間をくぐり抜けるかなりの技能が要求されます。

さて、資産や技能が最低限あったら、かなり人物の魅力が物を言います。
資産規模が物を言う社会では、単価を安くするとたいへん健康を害するコースに入りやすい。

狭いところで少人数で安いもの売ったら長時間働き詰めるしかないからです。

だから、個人で資産も、豊富な家族労働も持たないなら、高い物を扱うか、安い物を高く売れなくては、これからの零細は絶対的に長期もちません。
そうすると、人脈や魅力を持ってる人が強い。

何を売るか。
どこで売るか。
から
誰が売るか。

がクローズアップされます。

デフレ時代は資産規模があって、高い技能があって、魅力的な人物でないといけないとなるとハードルは高い。

でないとかなり家族や親族の助力が要るでしょう。

インターネット販売するにしても送料使って100円の物を1個とか買いませんから、客単価は上げた方が良いし、店頭に無いレアなものを売るなら、製造して売るにしても、探してきて売るにしても、技能、センス、目利きが要りますよね。

この点、県内ならかけうどん200円をはっきり超して並ばせてる店はセンスあります。

選んでそこに行かせてるわけです。
魅力を認める人に。

安く売る店には、努力も技能もあるでしょうが、安く売る最大の要素は、資産や規模です。これは絶対です。
安さの根拠は資産と規模と効率しかありえませんから。

また、資産規模があっても高く売れる店もあります。

安さ勝負は、もっと資産規模が大きいとこが来たら淘汰されやすいというのが辛いとこです。

もっとも、どの店も複数の要素の絡みで成り立っているので、例外っぽく見えるとこもありますが、全般の方向や個々の要素の話としては、鉄板の公式に近いのでないかと思います。

実用的で広く通用するリアルでわかりやすい話でしょ。  

Posted by たみ家 at 18:09Comments(0)

芸術祭効果かあ。

2010年12月12日

直近の団長日記、かなりヒートアップしてましたね。
すごくいいことだと思います。
後、2、3発応酬あったらいいんですが。

今まで行政の発表や有識者が反論されずに言いっぱなしで終わることが多くて、穴が埋まらなかったり、構造化しないところが世の中の議論全般に多いと思った。

田尾さんの主要な問題提起は正当だと思いました。

来場者は20万人ぐらい純数でいってるだろうとは思いますが。

実行委員会と行政の収支を概念として区別せよというのは、正当だ。

行政は、自分たちの企画や業績を正当化するために、収支マイナスなものをプラスに見えるよう曲げることばかり考えている。

とはいえ、役所が悪いとも言い切れないんだが。そもそも今ごろ直接キャッシュフローで収支プラスの計画など持ち上がる期待が行政に対して無理過ぎる要求で、ぼんやりプラスだったことにしないと何もできんしね。

たみ家は、芸術祭目的でパークサイドや東横イン宿泊の方や、芸術祭+栗林公園の方などに行き先ほとんど尋ねましたが、案外、メインの直島外してる方は多い印象でした。
サンプルは100名分はあるので少なくはないと思います。
客数は、会場で数えるより、島間の移動を無視して、本州と四国の港から7つの島に、渡った全航路の乗船者を2で割って昨年の実績から差し引いて、島内見学者やスタッフ、関係者の移動の数を考慮するのが最も簡便で大ハズレない出し方だと思います。

田尾さんも、主要ポイントは公金の使い方に関する情報公開の在り方だとおっしゃってますが、収支の実態は発表されたイメージよりはかなり厳しいと思います。

しかし、たみ家は、芸術祭のプラス自体は火災の評価さえ除けば、予想をかなり超えたと思います。

芸術祭で知って、香川に来たくなったという方は、今でもうちのうどん屋にときどき来ます。

直接の収支が発表のイメージよりかなり、いや、はるかに厳しい、その一方で、空間的、時間的に経済波及効果が大きかったことや、住民の意識などに残るものや地域のアイデンティティーなど定量的でない意味の大きさは評価できると思った。
芸術祭に来る人って貧乏でも情報感度がいい人か、富裕層が多いと、100名ぐらいのお客さんと話して感じました。

これが、讃岐側の観光客増にさっぱりつながらなかったというのは残念でしたが。

たみ家は、権威ないし、芸術祭自体はそれほど批判してないけど、教授として新聞権威で表立って批判または疑義を差し挟む側に回るんなら一回行っておけば良かったのに。
批判のために批判の対象を見ておくのは学問としては正道では?  

Posted by たみ家 at 20:58Comments(0)

真実と意思表示

2010年12月11日

中央公園東南の香川銀行前の交差点で、大学生風の4人組が

「灰皿にテキーラは本当だろう」と言っている。
こんなところでも

ケインズは、史上最高の経済学者と言われながら、株の投資がまったくうまくいかなかったことでも有名だ。

真実がわかることより、たくさんの人がどう思うか読める方が大事な場面は少なくない。

間違いに着きながら多数派の間を動き回る方がうまくいきやすい。

海老蔵のネット上の評価を見ても、容疑者の動向一つでかなり変わる。

過去に起こった真実に対して、それ以降に起こったことは何ら事実の存否に影響を与えないのに。
絶対にゼロのものが世の中の意味を変える。


世の中に
「美味いかどうかは、お客さんが決めることで、自分から言うものでない」とか言う人がけっこう多い。


たみ家が率で見回すと
「うちは美味い」とはっきり言う店が圧倒的に強い。

ほぼ、「好きだ。」と告白せずに、黙って行動だけで相手の判断に委ね相手から告白してもらおうとする人と、はっきり意思表示する人の差に近い。

他者に判断を委ねる人は無責任だったり、自分の言葉が否定されるのが怖いだけだろう。

または有利な条件にあぐらをかいて口説く努力をしない人に似ているかも。

たみ家が知る限り、評価を他者に委ねる人が全敗ということはまったくないが、勝者のほとんどはピーアールガンガンだ。

他者に評価を委ねるにしても、「うちはこうです」と意思表示した上で評価の前提を提示する。

最悪なのは「美味いものをつくっていれば黙っててもお客さんは増える。」というタイプ。
こういう人はたいがい失敗している。

極端に能力が高ければ、うまくいくかもしれないが、「オーディションを受けなくても、私が素晴らしければスカウトされるに違いない。」という傲慢さに似ている。

テレビの前で「私の方がカワイイのに」と思ってるようなもの。

たぶん自分とこが美味いと言う人が傲慢なんでなく、言わない人が傲慢なんだと思う。

意思表示をしない傲慢さゆえに、意思表示しない人はうまくいかないのだろう。

意思表示する人は謙虚だから、自分から言わなければ人を動かせないと自分から動く。

真実はわからないことが多い。
そして真実に頼る人は傲慢なのだろう。

香川県を見回すと事業者がたくさんいるから色々だが

マズイものをつくってガンガン美味いと自分で言い続ける店と美味いものをつくって黙ってる店では前者が圧勝。

全国なら、前者は1000店規模までいくことも多いが、後者は路地裏の隠れた名店で終わることが多い。

どちらが幸せかは知りません。
しかし、家族や関係者への責任を考えてたらどうですか?

やっぱり自分で自分とこを美味いと言わない人は、自己中で無責任で傲慢なんだと思うよ。

黙ってても俺の行動だけで察しろと思う人が傲慢なのはわかりやすい話だ。  

Posted by たみ家 at 22:01Comments(0)

守る手に悪手なし

2010年12月09日

攻め手に偏りがちなたみ家の自戒ネタだなあ。

守るとは何もしないことではない。

守る手に悪い手は少ない。

攻め手には悪い手や致命的な敗着も多い。

攻め手は、読めてたり、準備ができてないと致命的になりやすい。
それか様子見や捨て駒として計算できてないといけない。

世の中に挑戦を奨励するのは、攻め手は商売のエサになり、資本主義はエサを要求するから。

守る人は無為ではなく、エサを待ちながら、攻める準備をしている。

よく無理な挑戦をしたから成功者になれたとかの話を引き合いに出す人がいるが、成功を事後に検証して運が良かった部分を取り上げてるだけで、偉人伝のエピソードに取り上げられるぐらいだからよくよく率は低い話だ。

迷うなら守りだ。
何もしないのではない。
迷わないのならきちんと準備して攻めれば良い。
腕を一本もらってもどうということはないが、腕を一本切り落とされたら間を置かず出血多量で死ぬ。

考えずに二回攻めて一つは100万入り、もう一つは100万出た場合、それは損得なしでなく必ず大損をしている。

損の100万は必ず、得の100万よりはるかにデカイ。

それに活動したら必ずプラスの成果取らないと人は生きられないのだから。
損得なしにはならない。
こういう感覚は、みなさん共感されるだろうか?

他に、あり過ぎる例から、商売でなく、日常の話で一つ。

100万円もらったら、お礼をして出費があったり、使途も不時の入金なら貯金するだけが多いパターン。

しかし、不時に空き巣に100万円盗まれたら、庶民ならパニックだし、そこに住むのが怖くなるし、カギを換えたり窓ガラス厚くしたり防犯カメラをつけたり出費やダメージは色々ある。
下手したら引っ越しすることにすらなりかねない。

生きたおぜにさんの出入りは、入りは常に額面より小さく、出は常に額面より大きいと思った方がいいだろう。

経験は守る手からも得られる。
無理気味な挑戦から得られる経験を過大評価してはいけない。

経験から成功を生めるのは、継続的な向上心を持ち努力を長く重ねた上で運が悪くなかった人だけだから、かなり率は低いよ。

そんなこと若いうちからできた人なら、今ごろそんなことしてないんだから、これからだってできる可能性は低いよという率が高いはず。

挑戦したら経験が得られるというような理由の挑戦は、追い風の時代にしか通用しないだろう。

日々適切な行動を積み重ねるだけでホッといても有益な経験はやってくる。
経験のための挑戦は危険。
結果的に経験が役に立つこともあるが、事前に経験に価値を認めることは、適切でない率が高い。
「何事も経験」と言う人は責任は負わない。
または、他人の経験を栄養に生きている人かもしれない。

挑戦の経験が結実する可能性が1割以下としたら、敗着が攻め手である率はかなり高い。

とはいえ守りが何もしないことになってはいけないし、攻めも挑戦も当然しなければならない。

文面矛盾っぽいが、現実何ら矛盾しない。
文字で人生の重要事を各人の消化なしに文面だけで表し切れるはずがないだけ。


これは政治が重要な理由かもね。
各人の最適行動はたいてい守りなのだ。
しかし、資本主義社会は多くの人の攻めや挑戦をエサに栄養にする。
そこに重大なギャップがあるから、市場は失敗、神の見えざる手など働かない。
しかし、老化した社会にケインズ的財政出動や福祉一辺倒の社会は成り立たない。
おそろしく知恵のいる話だ。
  

Posted by たみ家 at 21:32Comments(2)

気がついたら

2010年12月09日

店をやって毎日多い時間帯は数十人からこっちを見られるという状況が当たり前になると

大講堂で手を挙げて質問するってまったく緊張しないなあ。

たみ家は、講演会で挙手して質問することは10代のときから義務だと考えていた。

もともと観衆の前でしゃべることはどちらかというと慣れてる方だと思うし、緊張もしない方だと思うけど、かつてはいくらかは緊張していたと思う。

だけど、今はホールで知事や市長に手を挙げて質問するときって、うどん屋でお客さんに話しかけるより緊張せんわ。

普通に息吸って吐くみたいな感じやなあ。

理由は他に二つあると思う。

自分がどう見られてるかでなく公共多数を良くしようという気持ちしかないから自分への視線をうどん屋で以上のものには感じない。

また普段書き続けていることで、どこから突かれても耐えられる意見だという磐石に近い自信があるからだと思う。


恋愛の初期は緊張するなあ。
どう思われるか気になるしね。
でもフラれたらどうしようってのは被害者意識だよなあ。

たぶん恋愛にオクテというかシャイな人の多くは、愛されたい被害者意識の強さから、相手を大切にすることが苦手になってるのかもね。

シャイってのは厳しく言えば、幼稚な自己中心性の表れだと思うよ。

恐怖の一種で、守りたいのは相手じゃなく自分やもん。

ほんとうに相手のことを純粋に大切に思うときに、自分を守りたいと感じるかなあ?   

Posted by たみ家 at 09:10Comments(2)