この広告、メッセージは90日以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事でこのメッセージが消せます。
  

Posted by あしたさぬき.JP at

ハチのムサシ

2010年01月31日

たみ家は、1970年代生まれですが、どうも物心つくのが相当早かったらしい。

上のきょうだいがやることをすぐに真似しようとしたり、遊園地に行くときや買い物のとき、えんえん親の車の音楽をずっと聴いてたからかもしれない。
五木ひろし、平田隆夫とセルスターズ、かぐや姫、中島みゆきとか幼稚園のときから二十曲や三十曲は歌えたかも。

北陸に親戚の家が多かったから、いまだ北陸自動車道も整備されず、渋滞の一般国道で行く、北陸までの道のりは大人の音楽漬けだった。

じゃんけんでたみ家が勝ったら、こどもマンガ祭りの特集テープ、親が勝ったら五木ひろし。
演歌はやめてほしかった。
幼稚園で当時のボロ車でそんなもん聞かされたら車酔いするがな。

ただ、都はるみと五木ひろしは許せた。

たみ家も、平田隆夫とセルスターズは大のお気に入りだった。


「ハチのムサシは死んだのさ」を幼稚園のときに聞いて涙を流し

小学校のときには、「ハチのムサシは連合赤軍かなあ?」と思うようになりました。

理想に燃えて権力と戦って敗れて死んだ様が、あさま山荘事件とかぶったんですが、そういうことで合ってるんでしょうか。

「紅白」では、童話が楽曲になったと紹介されたそうですが。

あさま終結が1972年2月、「ハチのムサシは死んだのさ」の発売も1972年だけど、その年のいつだろう?
カップリングが「天使は消えた」ってところがまたなんとも。

違うのかもしれないけど、意識にないことはないだろう。
理想に燃えて高く遠くを目指し敗れる者に対する情は早くから芽生えたなあ。

ユーミンの予言の横道なんだけど

関係者やそれを傍観してた人達は、過激派を嫌悪して、考えることを止めるのでなく

そこから反省して、革命的にでなく、漸近的に良い社会を目指したり、現実的な利害調整を踏まえた手段を探るために、もう一度立ち上がらなければならなかったのでは?

それを「いちご白書をもう一度」でユーミンに皮肉られたんではないかと思う。

そこを見つけられなかったことが、今日の政治の混迷やリーダー不在につながり、長く国民も思考停止を続けたところではないだろうか?

ただ、大人より先に子供が悪くなる社会がないというように

国民より先に悪くなる政治ってないとも思う。

非常事態では軍政に乗っ取られたりすることはあるかもしれないけど

平時においては、国民より先に悪くなる政治ってないと思う。


言い切りにくいけど、やっぱりたぶんそうじゃないの?
  

Posted by たみ家 at 09:41Comments(6)