感情民主主義へのアンチテーゼとして
2010年01月09日
ここしばらく
○おぜにさん
○知力
○暴力
○性
の4つの流動性に着目していることの意義。
流動性は、「即時」、「広範」と数量で表せる。
この4つの関係で世の中を見るということは
数量で表せるものの関係で考えることができるということ。
諸関数を合成したベクトルとして、社会の合意を導くのに役立てられるということ。
少子高齢化って
○知力増による医療や栄養水準の向上などで長寿になったこと。
○知力増のために女性が高学歴化したり、教育費増のため育児の負担が大きくなったり、過密した都市で環境的にゆとりがなくなってきたなど生む方は、おぜにさんと知力増の足かせで頭打ちになったこと。
これらの結果、医療費増など社会負担率が増大したり法人税率が下げられず企業競争力が削がれたりしているわけでしょう。
環境問題って、理詰めのことが、可視化されて、危機意識につながって、はじめて人が動くようになったでしょ。
みんな何となくわかってるじゃダメ。
それぞれの立場でやりたいことや感情や慣行があって、変化を邪魔するから。
関数と可視化がないことでは人は動かないし、動かなかったと歴史は教える。
「あってもなかなか動かないって?」
「じゃあ、なかったらもっと動かないね。」
資源も財政も有限。
その中で、みんなが感情や自分の立場で希望を出して、明晰な判断材料がなかったら、緊縮財政なんか取れんわなあ。
それに、緊縮したときのあるべき姿が見えんわなあ。
歴史的に民主国家では、選挙で負けるから、緊縮財政に上手にシフトできた例って少ない。
感情に基づく民主主義は、みんな「欲しい。」「何とかしてくれ。」自分の関わってることは「大事だ。」
だから、減るものがないし、縦割りで非合理な決定につながる。
感情のまま国民が自分の立場を言いっぱなしで、対立するもの同士で歩みよるための考察や努力を欠けば、縦割り放漫財政になるだろう。
有限の中で、大事なものを取捨選択しなければいけないときに、優先順位やそれぞれが活かしあう関係かどうか、犠牲はどういうものかなど考えなければならない。
それらは基本的に関数のモデルで、関数を合成したもの。
高速道路無料化と公共交通機関重視と環境問題とか、子ども手当てと財源とか、もろ有限の中で優先順位や関係を問う関数の合成の問題ですよね。
社会の合意形成に可視化できる諸関数の合成によるベクトルのモデルを与えることが、「有限」をキーにして考えるに当たって不可欠。
ところで人類有史以来
人口と知力以外何か増えました?
知力の増大の結果として、技術や道具や宗教や政治組織や芸術などいろいろできましたが、他に人間社会で何か増えました?
副産物として裏社会や廃棄物なんかもできてますが、知力増大の結果としてのひずみですよね。
人口と知力の増の結果として地球環境の枠組みの限界にぶつかってきたわけですよね。
そして、地球上あまねく行き渡る即時、普遍の影響力は、おぜにさんと暴力。
国家主権が地球上を満たすということは、国家と国家でないものを分けるのが合法的な暴力装置でしかないことが学問上も鉄板である以上、暴力の影響が地球上満たされているということ。
海上保安庁が拿捕とか、かつてソ連軍が民間飛行機を撃墜したりしたように。
冒頭4つの流動性は増えていく属性があるんですが
知力だけは、増える方にも働くけど、抑える方にも働きます。
避妊、女性の産むことの決定権の擁護、軍縮、武力衝突を回避する努力、宗教的融和、技術革新による省エネ、クローン人間研究規制、投機マネーの抑制などなど。
そうすると、有史以来の人間が起こしたことの変化に対処するには、知力を高めて、正しく判断するしかないということが、必然に導かれないでしょうか。
4つの流動性の話は、そういう判断に数量化、可視化できる明晰なモデルを与えようという考えからくるもの。
地球上に係数や定数のようなものがいろいろあって、人間の影響による主たる変数が、流動性の高い4つのものでないかと。
「流動性」という文字どおり、変化しやすいんだから、変数にはふさわしそうだ。
○おぜにさん
○知力
○暴力
○性
の4つの流動性に着目していることの意義。
流動性は、「即時」、「広範」と数量で表せる。
この4つの関係で世の中を見るということは
数量で表せるものの関係で考えることができるということ。
諸関数を合成したベクトルとして、社会の合意を導くのに役立てられるということ。
少子高齢化って
○知力増による医療や栄養水準の向上などで長寿になったこと。
○知力増のために女性が高学歴化したり、教育費増のため育児の負担が大きくなったり、過密した都市で環境的にゆとりがなくなってきたなど生む方は、おぜにさんと知力増の足かせで頭打ちになったこと。
これらの結果、医療費増など社会負担率が増大したり法人税率が下げられず企業競争力が削がれたりしているわけでしょう。
環境問題って、理詰めのことが、可視化されて、危機意識につながって、はじめて人が動くようになったでしょ。
みんな何となくわかってるじゃダメ。
それぞれの立場でやりたいことや感情や慣行があって、変化を邪魔するから。
関数と可視化がないことでは人は動かないし、動かなかったと歴史は教える。
「あってもなかなか動かないって?」
「じゃあ、なかったらもっと動かないね。」
資源も財政も有限。
その中で、みんなが感情や自分の立場で希望を出して、明晰な判断材料がなかったら、緊縮財政なんか取れんわなあ。
それに、緊縮したときのあるべき姿が見えんわなあ。
歴史的に民主国家では、選挙で負けるから、緊縮財政に上手にシフトできた例って少ない。
感情に基づく民主主義は、みんな「欲しい。」「何とかしてくれ。」自分の関わってることは「大事だ。」
だから、減るものがないし、縦割りで非合理な決定につながる。
感情のまま国民が自分の立場を言いっぱなしで、対立するもの同士で歩みよるための考察や努力を欠けば、縦割り放漫財政になるだろう。
有限の中で、大事なものを取捨選択しなければいけないときに、優先順位やそれぞれが活かしあう関係かどうか、犠牲はどういうものかなど考えなければならない。
それらは基本的に関数のモデルで、関数を合成したもの。
高速道路無料化と公共交通機関重視と環境問題とか、子ども手当てと財源とか、もろ有限の中で優先順位や関係を問う関数の合成の問題ですよね。
社会の合意形成に可視化できる諸関数の合成によるベクトルのモデルを与えることが、「有限」をキーにして考えるに当たって不可欠。
ところで人類有史以来
人口と知力以外何か増えました?
知力の増大の結果として、技術や道具や宗教や政治組織や芸術などいろいろできましたが、他に人間社会で何か増えました?
副産物として裏社会や廃棄物なんかもできてますが、知力増大の結果としてのひずみですよね。
人口と知力の増の結果として地球環境の枠組みの限界にぶつかってきたわけですよね。
そして、地球上あまねく行き渡る即時、普遍の影響力は、おぜにさんと暴力。
国家主権が地球上を満たすということは、国家と国家でないものを分けるのが合法的な暴力装置でしかないことが学問上も鉄板である以上、暴力の影響が地球上満たされているということ。
海上保安庁が拿捕とか、かつてソ連軍が民間飛行機を撃墜したりしたように。
冒頭4つの流動性は増えていく属性があるんですが
知力だけは、増える方にも働くけど、抑える方にも働きます。
避妊、女性の産むことの決定権の擁護、軍縮、武力衝突を回避する努力、宗教的融和、技術革新による省エネ、クローン人間研究規制、投機マネーの抑制などなど。
そうすると、有史以来の人間が起こしたことの変化に対処するには、知力を高めて、正しく判断するしかないということが、必然に導かれないでしょうか。
4つの流動性の話は、そういう判断に数量化、可視化できる明晰なモデルを与えようという考えからくるもの。
地球上に係数や定数のようなものがいろいろあって、人間の影響による主たる変数が、流動性の高い4つのものでないかと。
「流動性」という文字どおり、変化しやすいんだから、変数にはふさわしそうだ。
Posted by たみ家 at
07:20
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