この広告、メッセージは90日以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事でこのメッセージが消せます。
  

Posted by あしたさぬき.JP at

教え子と

2010年01月23日

たみ家の上のきょうだいの中学時代のクラスメートの「○田 由☆子」さん

目立つ美人で、勉強もできて、運動会で大活躍で、背が高めで脚長くて、グラマーとの評価の子が、アンカーでごぼう抜きとかするからお母さん方まで色んな意味でびっくりしてた。
小学生のたみ家は興味はまだなかったが、とにかく名前を何回も聞くので覚えてた。

中学卒業して、すぐに、25歳ぐらいの担任教師と結婚した。

たみ家は小学生だったので、世間の大人さん達がどういう評価をしてたのかはわからなかったけど、それに近いことはときどきあったと思う。
犯罪みたいな言い方はされてなかった。

むしろ
「美人は、中学卒業して、すぐに先生と結婚するね。たまにある話。」
みたいな感じだったような気もする。

高校卒業後、すぐに、担任と結婚する女子は多くもないが、事件扱いになるほどは珍しくもなかった。

少なくとも、高校在学中に恋仲だったから、すぐに結婚したんでしょうね。

1980年代のバブル中盤ぐらいまではまだそうだったと思う。

「女の子が大学なんかいかんでええ。」とか言われたり、歌でも10代で結婚するのが当たり前のような歌詞のオンパレードだったから、先生との出会いは、結婚の出会いの機会の一つとして有力だったというのがそれまでの社会通念や常識の一つと考えても良いのでは?


これが否定されたり、犯罪のようになるのはなぜ?

常識や社会通念が変わった。それはなぜ?



これが、人口と金融の関数の合成のベクトルの変化の結果なんです。

理由はそれだけ。



たみ家は、日常、それほど理論的に考えてるわけでもなく、かなり情緒的だ。
しかし、いったん、立ち止まって、社会現象を考えると、こういう考え方を持っていると、明解に緻密で深くて広い理解ができて、一聞いて十を知ることにいたりやすいと考える。


江戸時代に当たり前、1980年代ですら、まあ多目に見られていたことが、犯罪扱いになったのはなぜか?

人口と金融の関数の合成以外に理由を見出しうる人がいますか?

何気ない日常のことや卑俗と思われるようなことの中に、常に、世界全体との位置づけを明解に捉えることができる。


たみ家が、大学で、若いもんの前で教壇にでも立ってみようかと思うのは、こういうことを伝えないといけないと思うときかなあ。

縦割りが通用しなくなったときに、有機的につないだり、未利用資源を発掘する考え方が必要になる。

そのときに、使える考え方なんです。
  

Posted by たみ家 at 23:35Comments(1)

木綿のハンカチーフ

2010年01月23日

幼少のとき、これ聞いて、なんとなく男が悪いような気がしてた。

でも

華やいだ街で贈り物を探すことに、いいえ、それより都会の絵の具に染まらないで帰って

とか

スーツ着た写真を贈ることに対して、いいえ、草で寝転ぶあなたがいい

とか

指輪を贈ることに対しても何もかも、いいえと否定して

都会に出た大人の男としての決断の後に当然あるべき成長や変化やその都会暮らしの中での誠意をすべて否定した側に問題が大きいなあと思う。

もし、逢いに戻るということが難しかったのなら、男の側に落ち度が見当たらない。
すれ違いを感じ始めたのなら、一度は逢うべきだったね。
逢わないままに、日々の変化を楽しみ成長してる中で、指輪もスーツ着て成長した姿も否定されたら、田舎でのことは忘れ物になっていくやろ。
男女逆でもそうやろ。

遠距離恋愛は、大きく環境を変えた側がすぐには動くのが難しいことも多いから、この歌の場合は、女子の側が都会に逢いに行けば良かったのにね。
はとバスに毛が生えたような都会のデートコースを張り切って案内する男に、「きゃあ。すてき~。」と左腕にしがみついてるのが、カワイイし、いわゆる男も立つしで、まだ長続きしてただろうね。
バーニングナイト!

秋田の男は
「東京へは、もう何度も行きましたね。君の住む。うつくしみや~こ~」ってね。
その後2人で幸せになってないから、回想録みたいな歌になるんだろうけど。
でも、環境が変わらなかった方が変わった方に逢いに行って、その都会を肯定する姿勢は是だと思う。


東は東京として、西はどこよ。

この頃の恋愛の歌って、全部、女性は高校生までなんだよね。

高校生なら逢いに行けないか。


男女雇用機会均等法以前恐るべし

中森さんの「少女A」1982の頃ですら

「いわゆる普通の17歳だわ。」「じれえたい じれえたい。結婚するとかしないとか~」って、17歳はすぐに結婚考えて当たり前のように歌の世界ではなってた。

19歳以降は、岩崎宏美さんの歌でも、22歳の別れでも、まるで女の人生の秋みたいな扱いだった。
「やがて~19に。。。。。青春はこわれもの過ぎてから気がつく」「思秋期」では19歳は青春終わってる。他の歌でも「16、17、18と~~~戻れないそんなはたちまえ」って、19歳になったらもう後戻りできんぞ。。。。。って。
恋愛の常識なんか、金融や人口や道具の変化ですぐに変わる。

松田聖子さんの「こ~いするハートわたしはエイティーン」河合奈保子さんの「ああ17歳のわた~し」、「伊世はまだ16だから~」森昌子さんの「先生、先生、それは先生」などなど
たぶん、百恵さんの「としごろ」も15歳ぐらいでしょう。

普通恋愛の歌は、18歳までだった。


グローバリゼイション、OA革命また恐るべし。


こんなことも世界史や金融理論の話の関数の中に落としこめるね。


さあ

木綿のハンカチーフの主人公は、女子高校生?
都会に出たのは一年上の先輩?


東は東京として、西はどこ?どうして会いに行かなかったの?
同級生で、田舎で就職か家事手伝いかしてたのなら、逢いに行くべきだったねえ。

この時代は、どうしても東京に日帰りで逢いに行けないほどの西は、おぼこい女子と1年差で就職して別れ別れになるのは、高校卒業してすぐだと思うから、近畿就職の方が線として、30年以上前だと強そうな気もするんだが。。。

まさか、東は大阪で、草で寝転んでたのが、筑後平野とか阿蘇のカルデラとかじゃあないだろうなあ。

で、日本中に、木綿のハンカチーフの悲劇を繰り返さないために、たくさんの空港と赤字線ができて、遠距離恋愛のバックアップをしつつ、日航が昇って、沈んだのか。。。。。それは針小棒大が過ぎるってね。



たぶん、次の年には、地元で穏やかそうな男性と結婚していそうですが。

>9$な想像しながら、ラジオ聴いてました。
  

Posted by たみ家 at 21:55Comments(2)

ペースアップ

2010年01月23日

来週から、ブログ更新のペースを上げないと。




明日24日は、臨時休業いたします。




お土産の発送は増えてます。
営業利益への貢献として、今までやったことで、予想よりも大幅に好調なことって、これが一番かなあ。
  

Posted by たみ家 at 08:10Comments(0)