4つの流動性
2010年01月04日
○おぜにさん
○知力
○暴力
○性
社会はこの4つの流動性の交換と調和によって成り立っている。
流動性とは、即時性と普遍性が広範に及ぶこと。
どこでも、すぐに、影響力を持つということ。
土地や食料など、重要なものはその他にもたくさんある。
しかし、土地はどこにでも持っていけるわけでないし、大根を持っていって宮脇書店で本と交換はできない。
土地など、時と場所に特化した特殊なものは重要であっても流動性は低い。
宗教や政治組織などは、知力の一形態と言える。
性はどこへでも動きながら、交配を重ねて、人口増や人種や民族を形成してきたし、あらゆる集団において特別な価値が付与されたり、交換価値を持って、マネーを介した性的労働が存在する。
メイド喫茶もグラビアアイドルもその一種ではある。
また、レヴィ・ストロースも、婚姻は女性の交換であると位置づけた。
つまり普遍的な人口の維持や社会の形成は、性の交換であると言っている。
知力は、人間以外と人間を分かつものすべてを形成してきたし、知力があれば、世界中のどこに放り出されても生きていける。
おぜにさんは、暴力、性、知力を一定範囲では代替するし、人口約69億まで膨れ上がった社会のおおよそ全域をかけめぐって、それを維持する。
それら、すべては、どこにおいてでも、いったん暴力が発動されれば打ち倒される。
しかし、暴力は瞬間的な発動であって、多数の性、すなわち人口を長期に維持する力が弱いので、秩序に欠ける暴力は、知力と結びついたより強い暴力に打ち倒されるか、自ら劣化して崩壊する。
ただ、単純でないのは、アメリカングローバリズムのように、多数の性を維持するおぜにさんと知力の組織も軍事力という暴力に担保されたものであったり、暴力を背景にして、挑戦をさせるまでもなく敵を不戦敗に追い込むものであるということ。
マルクスは
土地、資本、労働の3要素によって社会を横断的に考察する材料とした。
マネー、知力、暴力、セックスの4要素の流動性の交換と調和によって、社会を横断的に考察しようとするのは、たみ家オリジナル。
卑近なところから
中学や高校のヤンキーやギャルは、文明のおぜにさんを大きく生むための学校教育(知力)のルールに反抗して、暴力とセックスの流動性を早期に重視して行動した姿といえるでしょう。
それらを取り締まる校則などは、資本主義のルールから要請される知力養成の場が暴力とセックスに侵食されるのを阻止しようとするもの。
だから、タガが弛んだ中学とか、もうワヤ!
知力やおぜにさんルールの重要性が骨身にしみわたらんガキだけど、暴力の衝動と性的なパワーがMAXに近づくし、身体的には、ほぼどちらも成人に対抗しうるものになっているので、ややこしい。
職につくということは、個体維持や生殖のために、おぜにさんを得る目的で、知力で形成された組織の中で行う、おおむね知力を伴う活動でおぜにさんを循環させること。
警察が取り締まるのは、おぜにさん、知的労働、性愛を核とした平穏な家庭など、社会にある平和はいつでも、どんな場所であっても、暴力によって打ち壊される可能性があるから、より強力なおぜにさんと知力を背景とした暴力によって、秩序に欠ける暴力を抑えようとするもの。
暴力、おぜにさん、性は、すべて自ら拡大性向を持ち、近現代において地球環境の有限性との間で根源的な問題をもたらすようになった。
そして知力はどちらにも働く。
ゆえに、近頃、いろいろ温暖化やら生態多様性やらで、知力を尽くして交渉したり、EVなど技術革新が行われている。
が、なかなか、生殖によって人口を拡大して、さらなるおぜにさんを獲得したい国々と、先に知力と暴力で先進国の地位を得てそれをやっちゃった性的パワー落ち気味または発揮しづらくなった国々との間で一向にまとまりがつかない。
そう、知力は、サシのステゴロでは負けても、長期の集団戦ではより強い暴力をつくってきた。
おおよそ人間のやることで、誰もが共通して関わるようなことは4つの流動性から説明がつく。
○知力
○暴力
○性
社会はこの4つの流動性の交換と調和によって成り立っている。
流動性とは、即時性と普遍性が広範に及ぶこと。
どこでも、すぐに、影響力を持つということ。
土地や食料など、重要なものはその他にもたくさんある。
しかし、土地はどこにでも持っていけるわけでないし、大根を持っていって宮脇書店で本と交換はできない。
土地など、時と場所に特化した特殊なものは重要であっても流動性は低い。
宗教や政治組織などは、知力の一形態と言える。
性はどこへでも動きながら、交配を重ねて、人口増や人種や民族を形成してきたし、あらゆる集団において特別な価値が付与されたり、交換価値を持って、マネーを介した性的労働が存在する。
メイド喫茶もグラビアアイドルもその一種ではある。
また、レヴィ・ストロースも、婚姻は女性の交換であると位置づけた。
つまり普遍的な人口の維持や社会の形成は、性の交換であると言っている。
知力は、人間以外と人間を分かつものすべてを形成してきたし、知力があれば、世界中のどこに放り出されても生きていける。
おぜにさんは、暴力、性、知力を一定範囲では代替するし、人口約69億まで膨れ上がった社会のおおよそ全域をかけめぐって、それを維持する。
それら、すべては、どこにおいてでも、いったん暴力が発動されれば打ち倒される。
しかし、暴力は瞬間的な発動であって、多数の性、すなわち人口を長期に維持する力が弱いので、秩序に欠ける暴力は、知力と結びついたより強い暴力に打ち倒されるか、自ら劣化して崩壊する。
ただ、単純でないのは、アメリカングローバリズムのように、多数の性を維持するおぜにさんと知力の組織も軍事力という暴力に担保されたものであったり、暴力を背景にして、挑戦をさせるまでもなく敵を不戦敗に追い込むものであるということ。
マルクスは
土地、資本、労働の3要素によって社会を横断的に考察する材料とした。
マネー、知力、暴力、セックスの4要素の流動性の交換と調和によって、社会を横断的に考察しようとするのは、たみ家オリジナル。
卑近なところから
中学や高校のヤンキーやギャルは、文明のおぜにさんを大きく生むための学校教育(知力)のルールに反抗して、暴力とセックスの流動性を早期に重視して行動した姿といえるでしょう。
それらを取り締まる校則などは、資本主義のルールから要請される知力養成の場が暴力とセックスに侵食されるのを阻止しようとするもの。
だから、タガが弛んだ中学とか、もうワヤ!
知力やおぜにさんルールの重要性が骨身にしみわたらんガキだけど、暴力の衝動と性的なパワーがMAXに近づくし、身体的には、ほぼどちらも成人に対抗しうるものになっているので、ややこしい。
職につくということは、個体維持や生殖のために、おぜにさんを得る目的で、知力で形成された組織の中で行う、おおむね知力を伴う活動でおぜにさんを循環させること。
警察が取り締まるのは、おぜにさん、知的労働、性愛を核とした平穏な家庭など、社会にある平和はいつでも、どんな場所であっても、暴力によって打ち壊される可能性があるから、より強力なおぜにさんと知力を背景とした暴力によって、秩序に欠ける暴力を抑えようとするもの。
暴力、おぜにさん、性は、すべて自ら拡大性向を持ち、近現代において地球環境の有限性との間で根源的な問題をもたらすようになった。
そして知力はどちらにも働く。
ゆえに、近頃、いろいろ温暖化やら生態多様性やらで、知力を尽くして交渉したり、EVなど技術革新が行われている。
が、なかなか、生殖によって人口を拡大して、さらなるおぜにさんを獲得したい国々と、先に知力と暴力で先進国の地位を得てそれをやっちゃった性的パワー落ち気味または発揮しづらくなった国々との間で一向にまとまりがつかない。
そう、知力は、サシのステゴロでは負けても、長期の集団戦ではより強い暴力をつくってきた。
おおよそ人間のやることで、誰もが共通して関わるようなことは4つの流動性から説明がつく。
Posted by たみ家 at
01:23
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