日本と香川の労働生産性はおそろしく低いと思う
2008年06月15日
たみ家は、書いてきたことの全部と全部がいつも同時に関連してると思ってます。
たぶん、そういうつもりで書かなくても自然にそうなると思ってます。
前に、「何が好きになるかが大事」って書きました。
さぬきのドライブの風景ウンチク本の構想についても書きました。
これらも、日本の労働生産性がおそろしく低いということに対する処方とも、この最近、「まちづくり」活動に対して否定的なトーンの某記事に対して疑問を投げかけていることとも関係があります。
「まちづくり」活動するぐらいなら、経済活動に注力せよ。
ということは、長時間労働せよということでしょうか。
また、「まちづくり」活動をしてる人は、経済活動をけずってやってるのでしょうか?
どちらかといえば、仕事を犠牲にしてやってるのでなく
余暇を犠牲にしてやってるのではないでしょうか?
仕事でもそうですが、遊びですら、地域が良くなることをしたい。
これが「まちづくり」活動のイメージだと思う。
パチンコやテレビ見てゴロ寝する代わりにやってることでしょう。
好きになるなら、自分が成長して、他人の役に立つことを遊びと思えるぐらい楽しく好きなことにした方がいい。
また生産性の高い仕事には、イノベーションがいるはずです。
日々の細々とした改良、インプループ、無駄の排除、コストカット、に加えて革新的な向上であるイノベーションが重要で、付加価値とはこれらの結果であって、グローバルエコノミー下の低賃金労働が生み出す生産物に対抗するには、イノベーションが必要となるでしょう。
実際に、イノベーションなんて大したことないんです。
ほとんどがどっかに当たり前にあったものをどっかに結びつけただけです。
今まで何となく常識と言われてたりするものが邪魔したり、違和感があってされてなかっただけで、「牛乳とコーラを混ぜてみたら美味かった。」というレベルのものがほとんど9割方のイノベーションや新ヒット商品ではないでしょうか?
上等な発明の結果なんか5%もあるかないかでしょう。
イノベーションなんか、ほんと牛乳とコーラを混ぜるだけ、簡単簡単、でもそれでも意外にしないけど。
イノベーションとは他人の持ち場を侵害しないことには起こりにくいものです。
それをしないとすぐにセクショナリズムに陥ります。
よその持ち場の情報を持ってたり、よその持ち場を理解してないとイノベーションはうまれんのです。
そこへいくと、付加価値とは、多くは干渉によって発生するものではないでしょうか?
たみ家も今やってるうどん屋は、労働生産性がすごく低いことを実感してます。
一部の店はそうでもないのかもしれないけど、多くの飲食店はこんなに労働生産性の低いことをしてるんだなあと痛感します。
たみ家の場合は、週休2日の週40時間労働を基準にしたら、毎月残業時間でいうと200時間を割る月がない。
月350時間労働を下回るってのは、いくら理想的に上手に時間を使う想定しても想像できんなあ。
たぶん、1人で今の営業時間を維持するなら、そこらで一番優秀な人を引っ張ってきてもできんやろう。
時間当たりの売り上げを上げて、雇える人を増やして、営業時間を短くして、機械を導入するなどしたらできるでしょうが。
零細飲食店で、たみ家よりも同じことを上手にする人はたくさんいるとしても、大企業の生産性に比べたら、普通で3分の1とかすごくいいとこで半分もあるか、そんなもんではないでしょうか?
国の中にこんなに労働生産性の低い労働者がたくさんいるんでは、国も地域もあえぐに決まっている。
今まで大企業が支えてくれてたから、生産性の低い人がぶらさがってることの問題が顕在化されなかったのではないでしょうか?
よく零細企業の経営者や従業員が、「俺らの税金を使って、役所のヤツは。。。」とか言いますが、なかなか零細企業の関係者で、受け取っているサービスよりも、払ってる税金の方が多い人なんかいません。
香川県民のほとんどは、払ってる税金以上には行政サービスを充分に受けてます。
たみ家も自分でお金持ちにぶら下がってるって思うもん。
うちもそう儲かってないし、うちよりも儲かってない零細飲食店もたくさんあるけど、うちも、受け取ってる行政サービスに比べたらタダに近いぐらいしか税金払ってない。
自分自身働きづめで、ほんとに命かけてると言っていいぐらいがんばってますが、手打ちうどんってのは労働生産性が低い業種の代表なので、国レベルでみると、まだまだ、ほんとお金持ちや大企業にぶら下がって生きてるお荷物みたいな存在だと思う。
多くの人は行政サービスにどれぐらいお金がかかるかわかってないんだと思う。
小学生1人、公立小学校に通わせるのに、国・県・市は計年100万円ぐらい負担してないでしょうか?
小学生のこども1人分の教育費として年100万円分税金払ってる人なんかどれだけいますか?
市のゴミ袋の有料化のときに袋を高いと思った人が多いかもしれませんが、市の20円の中サイズのゴミ袋一杯を燃やそうと思ったら、民間ベースなら500円ぐらい払わないとほんとうは割りに合ってないと思うよ。
ゴミ収集が完全民営なら、中のゴミ袋1つは500円ぐらいは出さないと集めて燃やしてくれんよ。
(「マイ箸の問題も、製造現場までの負荷だけでなく、こっちも加味する必要はあるので、マイ箸運動推進側は森林への効果よりもこっちから主張した方が説得力は出ると思うけど。)
何でも採算が合うにはハードル高いんです。
セルフうどん店のネギ1スプーンて、無料トッピングになってますが、あれ1杯って30円ぐらい取らないと実際に採算は合いません。
みんなが3杯も取るようだと、普通に家賃払って人を雇ってる店なら、大幅に値上するか、ひっくりかえるかになります。
だから、最近はお店の人がネギを入れるお店が増えてます。
今まで輸出を中心に大企業ががんばって、行政のサポートもそれなりに外してなかったから、生産性の低い零細企業が生きて来れたし、生活苦も少なかった。
これなんかは、冷戦構造下での日米安保の評価とかもからめんといかんでしょうが。
ところが、世界市場に参加する人々が増えて、行政にできることも大してなくなってくると、今までぶら下がってた労働生産性の低い分野や労働者の問題が一気に噴出してきた。
これが、格差社会の一面ではないでしょうか?
途上国からの労働者が研修名目で仮に時給200円(違反だけど)でも働きます。
とすると、香川の最低賃金が今640円ですが、純粋に労働力として、200円で働く人の3倍以上取る資格のあるような生産性の高い労働者なんか、そう日本にいませんもん。
国内なら、賃金時給200円は違法だけど
アメリカなんかは、コールセンターを英語がしゃべれる国のインドやフィリピンなどにどんどん移すので単純労働者の賃下げ圧力がどんどんかかってきました。
そこへいくと、日本語しゃべる国は日本しかないので、移民の流入とか、介護労働者の受け入れなどについて、日本語ってのが労働市場の参入障壁になっている。
今まで、役所は基本的に国内で国内の人しか相手にしないので、世界中の労働者と労働市場で競争して、世界中の市場で価格競争をしなくてはいけなかった製造業の労働者よりは賃下げ圧力がかかりにくかったが、ここに来て、民営化圧力など賃下げ圧力が高まってきた。
すると、日本人がただ生きようとするだけで、時給200円で働きますという人の数倍もらえる資格や能力を持たないと、国が弱肉強食を緩和するために何かを講じてくれんと生きていけんわけです。
すると、日本人はそうなってますか?
という素朴な疑問が出てくるわけです。
こないだ秋葉原で大事件を起こした派遣労働者の待遇が問題になってましたが、たみ家は、今のところ時間当たりの労働生産性を加味したら所得水準あれ以下かもしれません。
まあ、他人から解雇を宣告されることはないし、楽しく誇れる仕事ではありますが、時点の収入では、彼は残業込みで月30万はもらってたらしい。
労働生産性ってことでいうと、事業所が負担してくれる保険料や労災保険や福利厚生が一切ないうえに、月200時間は残業してて、前日の準備も込みでいうと、年に5日も店にまったく行かない日がなくて、という状況を考えたら仮に月40万収入があっても、あれ以下かもしれん。
それぐらい労働生産性が低い人が多い。
うちに配達に来てる食品卸の人達も、いい大人の男で、20代から50代までいろいろですが、年収300万ありそうな人がまったく思い浮かばない。
労働生産性の低い人は、負け組みになる。
また、国か自治体が守ってくれんと生きることすらたいへんである。
グローバリゼーションとはそういうものだと思う。
そして、弱い人が支えている国が、弱い人を支え切れるかというと当然難しい。
地域が労働生産性を上げる枠組みをつくっていかんと(これは行政が指令するようなものでもなく、各労働者が個人だけで解決できる話でもない。)、多くの主体性や干渉の結果として、できるものではないかと思う。
「まちづくり」活動というのも、風景ウンチク本もこのような文脈から考える必要があるとは思ってます。
たぶん、そういうつもりで書かなくても自然にそうなると思ってます。
前に、「何が好きになるかが大事」って書きました。
さぬきのドライブの風景ウンチク本の構想についても書きました。
これらも、日本の労働生産性がおそろしく低いということに対する処方とも、この最近、「まちづくり」活動に対して否定的なトーンの某記事に対して疑問を投げかけていることとも関係があります。
「まちづくり」活動するぐらいなら、経済活動に注力せよ。
ということは、長時間労働せよということでしょうか。
また、「まちづくり」活動をしてる人は、経済活動をけずってやってるのでしょうか?
どちらかといえば、仕事を犠牲にしてやってるのでなく
余暇を犠牲にしてやってるのではないでしょうか?
仕事でもそうですが、遊びですら、地域が良くなることをしたい。
これが「まちづくり」活動のイメージだと思う。
パチンコやテレビ見てゴロ寝する代わりにやってることでしょう。
好きになるなら、自分が成長して、他人の役に立つことを遊びと思えるぐらい楽しく好きなことにした方がいい。
また生産性の高い仕事には、イノベーションがいるはずです。
日々の細々とした改良、インプループ、無駄の排除、コストカット、に加えて革新的な向上であるイノベーションが重要で、付加価値とはこれらの結果であって、グローバルエコノミー下の低賃金労働が生み出す生産物に対抗するには、イノベーションが必要となるでしょう。
実際に、イノベーションなんて大したことないんです。
ほとんどがどっかに当たり前にあったものをどっかに結びつけただけです。
今まで何となく常識と言われてたりするものが邪魔したり、違和感があってされてなかっただけで、「牛乳とコーラを混ぜてみたら美味かった。」というレベルのものがほとんど9割方のイノベーションや新ヒット商品ではないでしょうか?
上等な発明の結果なんか5%もあるかないかでしょう。
イノベーションなんか、ほんと牛乳とコーラを混ぜるだけ、簡単簡単、でもそれでも意外にしないけど。
イノベーションとは他人の持ち場を侵害しないことには起こりにくいものです。
それをしないとすぐにセクショナリズムに陥ります。
よその持ち場の情報を持ってたり、よその持ち場を理解してないとイノベーションはうまれんのです。
そこへいくと、付加価値とは、多くは干渉によって発生するものではないでしょうか?
たみ家も今やってるうどん屋は、労働生産性がすごく低いことを実感してます。
一部の店はそうでもないのかもしれないけど、多くの飲食店はこんなに労働生産性の低いことをしてるんだなあと痛感します。
たみ家の場合は、週休2日の週40時間労働を基準にしたら、毎月残業時間でいうと200時間を割る月がない。
月350時間労働を下回るってのは、いくら理想的に上手に時間を使う想定しても想像できんなあ。
たぶん、1人で今の営業時間を維持するなら、そこらで一番優秀な人を引っ張ってきてもできんやろう。
時間当たりの売り上げを上げて、雇える人を増やして、営業時間を短くして、機械を導入するなどしたらできるでしょうが。
零細飲食店で、たみ家よりも同じことを上手にする人はたくさんいるとしても、大企業の生産性に比べたら、普通で3分の1とかすごくいいとこで半分もあるか、そんなもんではないでしょうか?
国の中にこんなに労働生産性の低い労働者がたくさんいるんでは、国も地域もあえぐに決まっている。
今まで大企業が支えてくれてたから、生産性の低い人がぶらさがってることの問題が顕在化されなかったのではないでしょうか?
よく零細企業の経営者や従業員が、「俺らの税金を使って、役所のヤツは。。。」とか言いますが、なかなか零細企業の関係者で、受け取っているサービスよりも、払ってる税金の方が多い人なんかいません。
香川県民のほとんどは、払ってる税金以上には行政サービスを充分に受けてます。
たみ家も自分でお金持ちにぶら下がってるって思うもん。
うちもそう儲かってないし、うちよりも儲かってない零細飲食店もたくさんあるけど、うちも、受け取ってる行政サービスに比べたらタダに近いぐらいしか税金払ってない。
自分自身働きづめで、ほんとに命かけてると言っていいぐらいがんばってますが、手打ちうどんってのは労働生産性が低い業種の代表なので、国レベルでみると、まだまだ、ほんとお金持ちや大企業にぶら下がって生きてるお荷物みたいな存在だと思う。
多くの人は行政サービスにどれぐらいお金がかかるかわかってないんだと思う。
小学生1人、公立小学校に通わせるのに、国・県・市は計年100万円ぐらい負担してないでしょうか?
小学生のこども1人分の教育費として年100万円分税金払ってる人なんかどれだけいますか?
市のゴミ袋の有料化のときに袋を高いと思った人が多いかもしれませんが、市の20円の中サイズのゴミ袋一杯を燃やそうと思ったら、民間ベースなら500円ぐらい払わないとほんとうは割りに合ってないと思うよ。
ゴミ収集が完全民営なら、中のゴミ袋1つは500円ぐらいは出さないと集めて燃やしてくれんよ。
(「マイ箸の問題も、製造現場までの負荷だけでなく、こっちも加味する必要はあるので、マイ箸運動推進側は森林への効果よりもこっちから主張した方が説得力は出ると思うけど。)
何でも採算が合うにはハードル高いんです。
セルフうどん店のネギ1スプーンて、無料トッピングになってますが、あれ1杯って30円ぐらい取らないと実際に採算は合いません。
みんなが3杯も取るようだと、普通に家賃払って人を雇ってる店なら、大幅に値上するか、ひっくりかえるかになります。
だから、最近はお店の人がネギを入れるお店が増えてます。
今まで輸出を中心に大企業ががんばって、行政のサポートもそれなりに外してなかったから、生産性の低い零細企業が生きて来れたし、生活苦も少なかった。
これなんかは、冷戦構造下での日米安保の評価とかもからめんといかんでしょうが。
ところが、世界市場に参加する人々が増えて、行政にできることも大してなくなってくると、今までぶら下がってた労働生産性の低い分野や労働者の問題が一気に噴出してきた。
これが、格差社会の一面ではないでしょうか?
途上国からの労働者が研修名目で仮に時給200円(違反だけど)でも働きます。
とすると、香川の最低賃金が今640円ですが、純粋に労働力として、200円で働く人の3倍以上取る資格のあるような生産性の高い労働者なんか、そう日本にいませんもん。
国内なら、賃金時給200円は違法だけど
アメリカなんかは、コールセンターを英語がしゃべれる国のインドやフィリピンなどにどんどん移すので単純労働者の賃下げ圧力がどんどんかかってきました。
そこへいくと、日本語しゃべる国は日本しかないので、移民の流入とか、介護労働者の受け入れなどについて、日本語ってのが労働市場の参入障壁になっている。
今まで、役所は基本的に国内で国内の人しか相手にしないので、世界中の労働者と労働市場で競争して、世界中の市場で価格競争をしなくてはいけなかった製造業の労働者よりは賃下げ圧力がかかりにくかったが、ここに来て、民営化圧力など賃下げ圧力が高まってきた。
すると、日本人がただ生きようとするだけで、時給200円で働きますという人の数倍もらえる資格や能力を持たないと、国が弱肉強食を緩和するために何かを講じてくれんと生きていけんわけです。
すると、日本人はそうなってますか?
という素朴な疑問が出てくるわけです。
こないだ秋葉原で大事件を起こした派遣労働者の待遇が問題になってましたが、たみ家は、今のところ時間当たりの労働生産性を加味したら所得水準あれ以下かもしれません。
まあ、他人から解雇を宣告されることはないし、楽しく誇れる仕事ではありますが、時点の収入では、彼は残業込みで月30万はもらってたらしい。
労働生産性ってことでいうと、事業所が負担してくれる保険料や労災保険や福利厚生が一切ないうえに、月200時間は残業してて、前日の準備も込みでいうと、年に5日も店にまったく行かない日がなくて、という状況を考えたら仮に月40万収入があっても、あれ以下かもしれん。
それぐらい労働生産性が低い人が多い。
うちに配達に来てる食品卸の人達も、いい大人の男で、20代から50代までいろいろですが、年収300万ありそうな人がまったく思い浮かばない。
労働生産性の低い人は、負け組みになる。
また、国か自治体が守ってくれんと生きることすらたいへんである。
グローバリゼーションとはそういうものだと思う。
そして、弱い人が支えている国が、弱い人を支え切れるかというと当然難しい。
地域が労働生産性を上げる枠組みをつくっていかんと(これは行政が指令するようなものでもなく、各労働者が個人だけで解決できる話でもない。)、多くの主体性や干渉の結果として、できるものではないかと思う。
「まちづくり」活動というのも、風景ウンチク本もこのような文脈から考える必要があるとは思ってます。
Posted by たみ家 at
14:03
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