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Posted by あしたさぬき.JP at

前回の続き 要約から入りますと

2008年06月09日

マズローの五段階欲求のピラミッドは本で平面で書いてある。

マズローは段階を満たせば、順次欲求の次元が上がるという。
たみ家は、それはないだろうというか実感として合致しない状況が多すぎると思う。
一般論として、傾向としてわかるような気もするのだが、あまりに実感と違う説は採用できない。

そこで修正として、状況に応じて、段階を行ったり来たりするのかと思っていた時期が長かった。
ただ、それではなんか漏れてるような多少の違和感も感じていた。

しかし、おぜにさんの機能を考えているうちに氷解した。はじけた。

①ピラミッドの形を
平面からスノボのハーフパイプの片側斜面のように、高低もあれば、傾斜の差もあり、平面的な領域もあるととらえ、ハープパイプの上の方のように、自己実現欲求のあたりの傾斜をきつくする。
次元を1つ増やして、傾斜の最後の角度を上げるわけです。

②段階のあり方を
きちんと直線を引いたような段階でなく、ファジーで混在しながら、全体としてみたらおおよそ段階になっている程度とする。

③欲求の充足の優先順位は
どれかが満たされれば、段階的に次に行くようなものでもなく、状況に応じて、だだ行ったり来たりするというより

居酒屋で、ビールやつまみの量や種類のバランスを取るように、同時に、複数の欲求にアプローチして、どれかが行き過ぎたら、どれかを抑える、確かに行ったり来たりはするのだが、同時に複数にアプローチしながら、状況に応じて量や種類のバランスを取り続けている。

確かに、最初はビールタイムで、だんだん、焼酎で、〆はデザートか次の店でラーメンかうどんかとかなるのだが、段階を上がるのでも説明不足、行ったり来たりでも説明不足。

マズローの欲求ピラミッドの修正モデルは、こうやって書くと簡単だけど、人生の半分ぐらい違和感を持ち続けてきたことの自分なりのほぼ完成形までいったかというぐらいのブレークスルーです。

もしかしたら、生まれてからここまで考えてきたすべての中で、背景にこめられた考えや知識の総量や結合のレベル的にも、学術的な面でも、飛びぬけて自己史上最高かもしれません。

マズローの段階欲求の充足に、ちょっと前に書いた、
1.
「人間を欲求をやりくりする存在として、合理的な行動をある程度望みながら、必ずしも合理的でない欲求に動かされ、ある程度満足してしまったら、ベストでなくても、まあええや。となってしまうような存在。」という
与えられた情況の中で欲求をやりくりし続ける「欲求人モデル」人間像。

2.
資源の最適配分の理論や限界効用逓減の法則など、資源の投入や配置についての考え方を、段階を上るという1点でとらえる考え方から、高さと領域を同時に考え、矛盾せず複数へ同時にアプローチし、時間軸の中で、時に合理的だったり、時に嫉妬など感情に歪められて不合理だったりする欲求とバランスを取りながら、資産運用の組み合わせのポートフォリオを構成するようなとらえ方への修正。

この2つのフレームをミックスすることによって、マズローの段階欲求説は、柔軟で、現代人の欲求に適合し、事実としての行動と矛盾せず、有意な理念や具体的な処方を導き出しやすいツールになったのではないだろうか?

今、差し当たって、たみ家が人生の半分近く、疑問に思ってきたことや起こってきたことを走馬灯のように思い出すに、矛盾するとこは見当たっていません。

これは、ほんとに、思いついた瞬間、今までで一番大きなホームランを打ったときのように、当たった瞬間に、何かがはじけて、むちゃくちゃに気持ちが良かった。

人生の半分の長さずっと疑問に思ってきたり、今まで自分が考えたことの中でここまで人生最大のヒットとまで思うのは、重要だと思っていたからですし、それほど長く考え続けたことだから、もうちょっとお好きな方だけ、お付き合いいただけたらと思います。
  

Posted by たみ家 at 21:43Comments(0)

統合の前提 4 マズロー説への疑問

2008年06月09日

アブラハム・マズローは、日本の労使慣行にもすごく影響を与えた人で、上司との面談とか、福利厚生とか、従業員の親睦旅行のようなものは、マズローの影響するところ大いにありといわれてます。

戦前は、上司が一方的に命令するだけで、部下が上司に意見するなんてなかったのでは?

マズローといえば、段階欲求説とか五段階欲求説。

たみ家はこれがおかしいおかしいと延々高校のときからいったい何年おかしいと思い続けてきたんだ。

段階欲求説の説明自体は、検索すればいくらでもあるので、簡単にしたいんですが

次の人間の欲求を階層化した五段階のピラミッドがよく本の図に描いてあります。

一次に生理的欲求 食欲・睡眠欲・性欲など
二次に安全欲求  犯罪や災害などの不安をやわらげたいなど
三次に所属の欲求 仲間を得たい、家族がほしいなど
四次に自我自尊の欲求 尊敬されたい、地位や権力につきたいなど
五次に自己実現欲求 成長したい、自己表現したいなど

とだんだん高次の欲求があって、「衣食足りて礼節を知る」とかいうように、低次の欲求が満たされて、はじめて次の欲求に関心が向き、四次までは、満たされると欲求が頭打ちになるけど、自己実現欲求は満たされても欲求が進化していき頭打ちになることがない。

たみ家はマズローの著述を読んだというより、概説本やそれを引用した図書や、それを引用して何かおっしゃる方の言い分を聞いておかしいおかしいと高校のときからずっと思ってたんです。

自分の場合、店をはじめたとき、まともに食事がずっとできずに、この店つぶれずにいけるかもわからず、睡眠も1日2、3時間で、週6ずっと、立ってる時間が一日に18時間以上とかあっても、地域の問題を探求しようという意欲におとろえはまったくなく、むしろ燃えた。
たとえ、飢餓にあっても食は必死に求めるだろうけど、それで地域の問題探求欲求が下がるとはまったく思わなかった。

ベートーベンだって、「苦悩を突き抜け歓喜に至れ」とか言ったと聞きますが
満たされない低次の欲求を多く抱えたまま、自己実現や成長や表現を目指している人は、普通にたくさんいるでないですか。

バンドやってる人なんか、メシも食えずに、音楽に打ち込んで、音楽自体も向上したいし、メジャーになりたいっていうのをテレビなんかではよく見ます。
下の欲求が満たされるかどうかなんか、高次の欲求と関係ない例が多すぎる。

また、どれが、どの段階の欲求かわからないことが多い。

近頃、孫の世話するなんて、自分じゃないけど孫を安全に育てたいという不安の解消の意味もあれば、家族の所属のあり方の意味もあれば、孫にはいいおじいちゃんおばあちゃんと思われたい自尊の欲求の意味もあれば、ステージママやチチローさんじゃないけど、すごい期待をかけてたら育てることが自己実現の意味もあるかもしれない。

選び抜いてすごいイケメンや美人の配偶者を得るなんてのも、一次欲求なんか、配偶者を得るんだから所属なんか、連れて歩いて「おおっ!」と言わせたいとか部下を家に連れてきて、うらやましがらせて自分の評価や富や権力を反映させるようなのはテレビなんかでは見るので、自尊なんか、もうそれが人生の目標で、自己実現なんか、本人もわからんでしょう。

一つの行為や欲求がどの階層のことかわからんし、たいてい一つの行為は、ある程度重要なものなら、同時に複数の欲求にまたがって、順序なんかない。
説明や図がしっくりこない。

もう一つ。
マズローの説は、もともとはお金をしっかりあげても、人間はそれだけじゃないから、仕事にも生きがいや喜びを感じられるようにしましょうというのが正しいあり方でしょうに。

たみ家に使ってきた人達は、人間は自己実現することに喜びを見出せるんだから、お金なんかもらわなくても貢献や成長から喜びを得てそれで満足を得ればいいだろうと、正当な報酬を与えない理屈に使う人や
環境が整備されてない中で、それでもがんばれと本来整備する責任者が自分の責任を棚上げしつつ使ってくる人だった。

ダーウィンの進化論がダーウィンの意図と関係なく、差別主義者に曲解されたり悪用されるように、使う人が理解してなかったり、悪用するので、五段階欲求説には反感を高校時代から感じました。

外食産業の名ばかり管理職問題でも、某大手外食企業が、「店長は店に貢献すること自体が喜び、だから手当てなんか必要ない。」と記者のインタビューに答えたのがありました。
マズローの名前は出してないけど、搾取のために悪用されやすいんです。


①現実に合わない。

②使う人が理解してない。または、搾取のために悪用されやすい。

この2点をたみ家は、ずっとおかしいと思ってたわけです。


ああ、用事でまた途中だなあ。

このあたりは、自分の考え方の長年の集大成ともいえるから、店が終わったら続きを書こう。
  

Posted by たみ家 at 07:58Comments(0)