わたくしなりに
2008年06月11日
「統合の前提シリーズ」がまったく書き残しが多いのに、ちょっと気になったことがいくつかあったので、それていました。
うどん関係でも、四国新聞の「論点香川」や教育活動などで、影響の大きい方だけに、「麺通団」さんの「団長日記」はたいていチェックして参考にもさせていただいてますが、ここの6月8日の日記に、「まちづくり」関係にかなり消極的なトーンだったので、言及したいと思った。
その前に6月5日の日記に、簡単に思うところを。
あんまり、他の方の記事をそのまま引用(青文字部分)したくはなかったのですが、お叱りいただいたらそれはそのときで。
ほんとは、直接コメントをしたかったのですが、近頃、著名な方のブログにはコメント欄がないことが多いので、しょうがない。
2008年6月5日(木)
火曜日の朝、授業の前に教室のカギを取りに教学課に行ったらチンペイが渾身のギャグでカギと一緒にファンタを出してきたが、あんまりいじると図に乗ったらいかんので流しておく。今日はちょっと、最近疑問に思っていることをいくつか。
(その1)
地球の温暖化の原因の根源は、二酸化炭素の排出も含めて「人類の営み」であるというのが定説らしいが、とすると「人口を減らす」というのが明らかに有効な手段になる。とすると、「少子化対策」というのは地球温暖化防止に逆行するのではないか? 地球温暖化防止を唱える人は、少子化対策に反対しているのか?
わたしなりに
地球温暖化対策が少子高齢化対策よりも上位の目的ではないでしょう。人が増えようと減ろうと、環境を整えることは重要であるが、人がより良く生きるためにどうするかを考えた後に、その状況で、環境に良い活動をしようということでしょう。逆行はしない。
これを逆行と言ったら、長生きや医療の進歩はすると人口が減らないので、地球の温暖化対策に逆行することになるのでは?
また、必ずしも、政府も自治体も、「少子高齢化が悪い。」とは言ってない。
急激な少子高齢化を緩和しようとか、急激な少子高齢化の悪影響への対策をとろうと言っているのでしょう。
(その2)
老人の孤独死の事件や、いろんな制度によって「高齢者の生活が苦しくなる」といったニュースを聞くたびに思うのだが、そのお年寄りたちの子どもは何をしているのだろう? 私は自分の親が厳しい状況に追い込まれたら、何はさておき助けようとするのだが。
わたしなりに
悲惨な事件って、10件も報道されたら、すごいインパクトだけど、高齢者は何千万人もいるから、子がいない場合も、子が薄情な場合も、子にまったく資力がない場合や田舎に帰ったら職がない場合も、いい関係でも高齢者だけにちょっとの隙でトラブルに見舞われたり、高齢者の側が病的にへんこつで子のケアをかたくなに拒否するとか、どんな場合だって、軽く万単位でしょうから、悲惨な事件がいくら報道されたからといって、日本人の親子関係の全体像と必ずしも、結びつくことはないのでは?
昔は、間引きや姥捨てが数え切れないほどあったのなら、昔の方が良かったとはいえないのでは?
(その3)
行政改革が「役人の抵抗」で進まないという話をよく聞くが、行政改革の権限は役人ではなくて議員が持っているのではないか? つまり「役人の抵抗で進まない」というのは、正しくは「議員の妥協で進まない」のではないか?
わたしなりに
これは申し訳ないけど、政治家と官僚とか役人が意見を戦わせているときは、マスコミは、役人側を悪くいうが、あくまで比較論でいうと、政治家側の方が意見の粗が多い。
カリスマ性とか人間としての魅力はともかく、役人の方が長いこと現場で専門に近い状況でいじってるし、関係者に長いこと責められて意見をたくさん聞いている。
執行している人間と批判する非経験者の間で、執行する人間の方が知識が下なんて、あるにはあってもそりゃ例外でしょう。
役人全体の平均はともかく、政治家と直接渡りあってる手合いは、知識と論理性で政治家に負けることはなかなかないでしょう。
それでも人間より現実の問題の方がはるかにスケールが上だから、役人がきちんとわかるかというとそうでもないので、当然、相手が自分より見識が上であろうが下であろうが、全方位きちんとはできないのだから謙虚であるべきなのでしょう。
また実際に、役人は、物事を本気で良くしようという動機が弱く、組織益を優先する動機の方が強いことも多い。
しかし、政治家の側は、不勉強な断片的な思いつきがけっこう多い。
実際に、多くの法案が役所の出したものだが、役所の書いたものの方が圧倒的にできがいい。
議員法案は、法案の中で、論理的に矛盾していることも少なくない。
矛盾に頓着しないというか、チェックが甘いというか。
まあ、議員立法が多いアメリカとか矛盾があったら、どんどん新法を出して、旧法を廃止しなくても、新法と旧法が矛盾したとこは自動的に新法が旧法を改正したことになるという考え方だ。
それはそれでいいのかもしれないが、法令の数は膨大になる。
議員は役所と違って組織が弱いことも多いから、矛盾はオッケーにしておかないといけないのかもしれない。
しかし、今のようにITやOAが進んだら、法令が多くなっても検索性や蓄積能力が向上しているので、煩雑さからの問題は小さくなっているのでは?
その点、新法が旧法を自動的に廃する考え方の有効度は増しているかもしれない。
議員提案というのは、世の中の既成の枠を越えて、俊敏的確に民の声や時代の流れに応えるためにも、もっと活発でなければならない。
また、裁判員制度も法律の素人が裁判員として関わるわけだし、横綱審議委員も多くが相撲の素人がやっているが、重大な審議だからこそ、素人の感覚が必要になるし、仮に、役人対政治家で、ほとんど役人の意見に分があっても、硬直や独善を防ぐために、役人は多様な声にさらされる必要がある。
(その4)
「地産地消商品」をブランド化して全国に販売しようというプロモーションがあちこちで取り組まれているが、全国に売るというのは「地産地消(地元の産品を地元で消費する)」ではないのではないか?
わたしなりに
競争して勝って、「のび太の客はオレの客オレの客はオレの客」にしようという話で、内でも買わせて、外でも買わそうと。何も、全国あまねく地産地消が成功してほしいとは、プロモーションしてる側は自分とこが売れればいいだけだから思ってないでしょう。
一人勝ちも風当たりが強くなるから、うちの商売の邪魔にならん程度には、よそもがんばってねとか、よそもそこそこうまくいってくれないと全国的な風潮ができないから、うちだけ成功でもいかんぐらいのものでしょう。
(その5)
「農産物の自給率を上げろ」と言っている人は、具体的に「誰」に「どうしろ」と言っているのか? 例えば行政に何をしろと言っているのか? JAにどうしろと言っているのか? 農家にどうしろと言っているのか? 私ら消費者にどうしろと言っているのか? とりあえず私らには「高い国産の農産物を買うべきだ」と言っているのか?
わたしなりに
だいたい思うところはあるのですが、すぐに考えを書けるほど、今まであまり考えてきませんでした。
せっかくだから、いつかこのことでも「わたしなりに」を書いてみたい。
たぶん、上げろと言ってる方は希望を言ってるだけのことが多いのかもしれない。
ま、(4)は言葉だけの屁理屈ですが、まだまだあるけどとりあえず今日はこれだけ。一応自分なりに答は出そうといろいろ勉強しておりますが、調べても調べても情緒的な意見や考え方ばっかり出てくる。目的と手段の整合性が取れた論理的な意見って、なかなか出くわさないですねえ
わたくしなりに、情緒は排しました。
この手のことは、人生の半分ほど、ほとんど毎日かなりの時間考えてきたので、ちょっと自己表現したい気持ちを抑えられませんでした。
うどん関係でも、四国新聞の「論点香川」や教育活動などで、影響の大きい方だけに、「麺通団」さんの「団長日記」はたいていチェックして参考にもさせていただいてますが、ここの6月8日の日記に、「まちづくり」関係にかなり消極的なトーンだったので、言及したいと思った。
その前に6月5日の日記に、簡単に思うところを。
あんまり、他の方の記事をそのまま引用(青文字部分)したくはなかったのですが、お叱りいただいたらそれはそのときで。
ほんとは、直接コメントをしたかったのですが、近頃、著名な方のブログにはコメント欄がないことが多いので、しょうがない。
2008年6月5日(木)
火曜日の朝、授業の前に教室のカギを取りに教学課に行ったらチンペイが渾身のギャグでカギと一緒にファンタを出してきたが、あんまりいじると図に乗ったらいかんので流しておく。今日はちょっと、最近疑問に思っていることをいくつか。
(その1)
地球の温暖化の原因の根源は、二酸化炭素の排出も含めて「人類の営み」であるというのが定説らしいが、とすると「人口を減らす」というのが明らかに有効な手段になる。とすると、「少子化対策」というのは地球温暖化防止に逆行するのではないか? 地球温暖化防止を唱える人は、少子化対策に反対しているのか?
わたしなりに
地球温暖化対策が少子高齢化対策よりも上位の目的ではないでしょう。人が増えようと減ろうと、環境を整えることは重要であるが、人がより良く生きるためにどうするかを考えた後に、その状況で、環境に良い活動をしようということでしょう。逆行はしない。
これを逆行と言ったら、長生きや医療の進歩はすると人口が減らないので、地球の温暖化対策に逆行することになるのでは?
また、必ずしも、政府も自治体も、「少子高齢化が悪い。」とは言ってない。
急激な少子高齢化を緩和しようとか、急激な少子高齢化の悪影響への対策をとろうと言っているのでしょう。
(その2)
老人の孤独死の事件や、いろんな制度によって「高齢者の生活が苦しくなる」といったニュースを聞くたびに思うのだが、そのお年寄りたちの子どもは何をしているのだろう? 私は自分の親が厳しい状況に追い込まれたら、何はさておき助けようとするのだが。
わたしなりに
悲惨な事件って、10件も報道されたら、すごいインパクトだけど、高齢者は何千万人もいるから、子がいない場合も、子が薄情な場合も、子にまったく資力がない場合や田舎に帰ったら職がない場合も、いい関係でも高齢者だけにちょっとの隙でトラブルに見舞われたり、高齢者の側が病的にへんこつで子のケアをかたくなに拒否するとか、どんな場合だって、軽く万単位でしょうから、悲惨な事件がいくら報道されたからといって、日本人の親子関係の全体像と必ずしも、結びつくことはないのでは?
昔は、間引きや姥捨てが数え切れないほどあったのなら、昔の方が良かったとはいえないのでは?
(その3)
行政改革が「役人の抵抗」で進まないという話をよく聞くが、行政改革の権限は役人ではなくて議員が持っているのではないか? つまり「役人の抵抗で進まない」というのは、正しくは「議員の妥協で進まない」のではないか?
わたしなりに
これは申し訳ないけど、政治家と官僚とか役人が意見を戦わせているときは、マスコミは、役人側を悪くいうが、あくまで比較論でいうと、政治家側の方が意見の粗が多い。
カリスマ性とか人間としての魅力はともかく、役人の方が長いこと現場で専門に近い状況でいじってるし、関係者に長いこと責められて意見をたくさん聞いている。
執行している人間と批判する非経験者の間で、執行する人間の方が知識が下なんて、あるにはあってもそりゃ例外でしょう。
役人全体の平均はともかく、政治家と直接渡りあってる手合いは、知識と論理性で政治家に負けることはなかなかないでしょう。
それでも人間より現実の問題の方がはるかにスケールが上だから、役人がきちんとわかるかというとそうでもないので、当然、相手が自分より見識が上であろうが下であろうが、全方位きちんとはできないのだから謙虚であるべきなのでしょう。
また実際に、役人は、物事を本気で良くしようという動機が弱く、組織益を優先する動機の方が強いことも多い。
しかし、政治家の側は、不勉強な断片的な思いつきがけっこう多い。
実際に、多くの法案が役所の出したものだが、役所の書いたものの方が圧倒的にできがいい。
議員法案は、法案の中で、論理的に矛盾していることも少なくない。
矛盾に頓着しないというか、チェックが甘いというか。
まあ、議員立法が多いアメリカとか矛盾があったら、どんどん新法を出して、旧法を廃止しなくても、新法と旧法が矛盾したとこは自動的に新法が旧法を改正したことになるという考え方だ。
それはそれでいいのかもしれないが、法令の数は膨大になる。
議員は役所と違って組織が弱いことも多いから、矛盾はオッケーにしておかないといけないのかもしれない。
しかし、今のようにITやOAが進んだら、法令が多くなっても検索性や蓄積能力が向上しているので、煩雑さからの問題は小さくなっているのでは?
その点、新法が旧法を自動的に廃する考え方の有効度は増しているかもしれない。
議員提案というのは、世の中の既成の枠を越えて、俊敏的確に民の声や時代の流れに応えるためにも、もっと活発でなければならない。
また、裁判員制度も法律の素人が裁判員として関わるわけだし、横綱審議委員も多くが相撲の素人がやっているが、重大な審議だからこそ、素人の感覚が必要になるし、仮に、役人対政治家で、ほとんど役人の意見に分があっても、硬直や独善を防ぐために、役人は多様な声にさらされる必要がある。
(その4)
「地産地消商品」をブランド化して全国に販売しようというプロモーションがあちこちで取り組まれているが、全国に売るというのは「地産地消(地元の産品を地元で消費する)」ではないのではないか?
わたしなりに
競争して勝って、「のび太の客はオレの客オレの客はオレの客」にしようという話で、内でも買わせて、外でも買わそうと。何も、全国あまねく地産地消が成功してほしいとは、プロモーションしてる側は自分とこが売れればいいだけだから思ってないでしょう。
一人勝ちも風当たりが強くなるから、うちの商売の邪魔にならん程度には、よそもがんばってねとか、よそもそこそこうまくいってくれないと全国的な風潮ができないから、うちだけ成功でもいかんぐらいのものでしょう。
(その5)
「農産物の自給率を上げろ」と言っている人は、具体的に「誰」に「どうしろ」と言っているのか? 例えば行政に何をしろと言っているのか? JAにどうしろと言っているのか? 農家にどうしろと言っているのか? 私ら消費者にどうしろと言っているのか? とりあえず私らには「高い国産の農産物を買うべきだ」と言っているのか?
わたしなりに
だいたい思うところはあるのですが、すぐに考えを書けるほど、今まであまり考えてきませんでした。
せっかくだから、いつかこのことでも「わたしなりに」を書いてみたい。
たぶん、上げろと言ってる方は希望を言ってるだけのことが多いのかもしれない。
ま、(4)は言葉だけの屁理屈ですが、まだまだあるけどとりあえず今日はこれだけ。一応自分なりに答は出そうといろいろ勉強しておりますが、調べても調べても情緒的な意見や考え方ばっかり出てくる。目的と手段の整合性が取れた論理的な意見って、なかなか出くわさないですねえ
わたくしなりに、情緒は排しました。
この手のことは、人生の半分ほど、ほとんど毎日かなりの時間考えてきたので、ちょっと自己表現したい気持ちを抑えられませんでした。
Posted by たみ家 at
22:38
│Comments(2)
珍しい人と遭遇
2008年06月11日
前記事の続きで、ラーメンポートの虎屋に行き、以前親父さんのお店の客だったAにも、出店を教えてあげようと、他の用事もあったので寿町から電話。
虎屋さんとは、親父さんの店で、ときどき言葉を交わしただけで、そんなに親しい間柄でもないけど、下町のお店から、あんな注目されるところに出店したなんて思うと、やっぱり応援したくなる。
中央通と浜街道の交差点から電話すると。
駅のすぐ南の焼き鳥「なると」さんで、宴の途中とのこと。
どっちも、高松駅の近くにはめったに行かないのに、これは偶然と、なるとさんへ向かう。
いやあ、なるとさん1階も2階もお客さんいっぱいや。
そこで、Aさん、金属商の社長と、2人でやっていた。
この社長、おぜにさんたくさん持ってると評判で、今頃、金属類は2ヶ月で3割も4割も値上がりするんで、儲かってしょうがないという。
時期にもよるけど、いいときは年収が億には乗るらしい。
やっぱりこういう時勢でも、時勢に合った商売してる人はすごいね。
だけど、このおっさん、ほんとにうるさいんですわ。
何回も、「オレは毎日飲みに行ってる。」とか、「ロレックスやベンツをたくさん持ってる」とか、つまらん話をするんですわ。
それでまた、「世界を見て商売せい。」とか「せめて東京で店出せ。」とか、これまた、いったい何十回言ったかわからんほども。
興奮しすぎて、体重を不安定なテーブルに全部預けて、テーブルの上のモノを全部ひっくり返しそうになるわ、もうわやでした。
Aさんはすごいと思う。
媚もへつらいもせず、また、怒るわけでもなく、それなりに言いたいことは返して、にこにこしながら、ずっと聞いている。
酔った勢いか、このおっさんどこまで本気かわからん。
「東京に店出すんなら、無利子で、五千万や一億ぐらいなら現金で、すぐ持ってきてやる。そんかわり、しっかり儲かったら返せ。」
たみ家は、あまり興味がないけど、興味なさそうにするとやたら、「お前はオレの言ってることがわからんのか!」と声がやたら大きくなるんで、まあ、そう会う人でもないし、適当におさめようと。
たみ家「興味はあるけど、うちはまだ1店目さえ成功させたわけでないし、ちょっと用事で店を休んでる間に1日さえ店を任せられるような信頼できるパートナーも見つけてないのに、そんなん、過程を踏まんとムリやし、東京は行ったことあっても、商売してから行ったことないんで、東京のこと知らんのに、何とも言えんわ。」
すると、おっさん「お前はオレのことを信用しとらんな。東京にはオレが連れてってやる。来週どうや。」
と言いながら、何と、財布から10万円ほど取り出し、「お前は飲み方が足らんから、考えのスケールも小さい。まわりの人間もやる気出したりうるおうようにしようと思ったら、思い切ってやらんといかん。今日はこの後、これで飲め。」とその札束をくれると言うのだ。
なんじゃこのおっさん!
たみ家、この人の名前も会社名も知らんのに。
手続きの帰りにAさんに電話して、たまたま近くにいるから寄っただけで、帰ったら店で作業があるという日にこんな珍しい人に会うなんて。
くれるんならもらってもいい気もするけど、この流れでもらうはありえんし。
「いやいやいらんですわ。」
と返すと。
おっさん「これぐらい軽い気持ちで受け取れ。」ともう一回突き出してくる。
こりゃ、困った。
たみ家、「それじゃあ、(どうせ行かんから。)東京視察のときに受け取ります。」
と。
その後、「広州、香港、ニューヨークぐらいには店出せ。やけど、東京でやってからや。」と何十回も繰り返す。
そして、しばらくして、どっかのラウンジのお嬢さんだと思うけど、○ミちゃんから電話がかかってきて、どっかに行ってしまう。
たみ家のまわりにこんな人が多いわけでは決してありません。
あっ、だいぶ昔に貴金属輸入販売してる人で、むちゃなおごり方する人がおったなあ。
このおっさんは、鉄とか銅とかしんちゅうとか貴金属ではないけど、やっぱり額の大きいものとか、額の大きい物の材料とかは調子がいいと儲かるんかなあ?
何を得たってわけでもないけど、それなりに刺激はあったような。
虎屋さんとは、親父さんの店で、ときどき言葉を交わしただけで、そんなに親しい間柄でもないけど、下町のお店から、あんな注目されるところに出店したなんて思うと、やっぱり応援したくなる。
中央通と浜街道の交差点から電話すると。
駅のすぐ南の焼き鳥「なると」さんで、宴の途中とのこと。
どっちも、高松駅の近くにはめったに行かないのに、これは偶然と、なるとさんへ向かう。
いやあ、なるとさん1階も2階もお客さんいっぱいや。
そこで、Aさん、金属商の社長と、2人でやっていた。
この社長、おぜにさんたくさん持ってると評判で、今頃、金属類は2ヶ月で3割も4割も値上がりするんで、儲かってしょうがないという。
時期にもよるけど、いいときは年収が億には乗るらしい。
やっぱりこういう時勢でも、時勢に合った商売してる人はすごいね。
だけど、このおっさん、ほんとにうるさいんですわ。
何回も、「オレは毎日飲みに行ってる。」とか、「ロレックスやベンツをたくさん持ってる」とか、つまらん話をするんですわ。
それでまた、「世界を見て商売せい。」とか「せめて東京で店出せ。」とか、これまた、いったい何十回言ったかわからんほども。
興奮しすぎて、体重を不安定なテーブルに全部預けて、テーブルの上のモノを全部ひっくり返しそうになるわ、もうわやでした。
Aさんはすごいと思う。
媚もへつらいもせず、また、怒るわけでもなく、それなりに言いたいことは返して、にこにこしながら、ずっと聞いている。
酔った勢いか、このおっさんどこまで本気かわからん。
「東京に店出すんなら、無利子で、五千万や一億ぐらいなら現金で、すぐ持ってきてやる。そんかわり、しっかり儲かったら返せ。」
たみ家は、あまり興味がないけど、興味なさそうにするとやたら、「お前はオレの言ってることがわからんのか!」と声がやたら大きくなるんで、まあ、そう会う人でもないし、適当におさめようと。
たみ家「興味はあるけど、うちはまだ1店目さえ成功させたわけでないし、ちょっと用事で店を休んでる間に1日さえ店を任せられるような信頼できるパートナーも見つけてないのに、そんなん、過程を踏まんとムリやし、東京は行ったことあっても、商売してから行ったことないんで、東京のこと知らんのに、何とも言えんわ。」
すると、おっさん「お前はオレのことを信用しとらんな。東京にはオレが連れてってやる。来週どうや。」
と言いながら、何と、財布から10万円ほど取り出し、「お前は飲み方が足らんから、考えのスケールも小さい。まわりの人間もやる気出したりうるおうようにしようと思ったら、思い切ってやらんといかん。今日はこの後、これで飲め。」とその札束をくれると言うのだ。
なんじゃこのおっさん!
たみ家、この人の名前も会社名も知らんのに。
手続きの帰りにAさんに電話して、たまたま近くにいるから寄っただけで、帰ったら店で作業があるという日にこんな珍しい人に会うなんて。
くれるんならもらってもいい気もするけど、この流れでもらうはありえんし。
「いやいやいらんですわ。」
と返すと。
おっさん「これぐらい軽い気持ちで受け取れ。」ともう一回突き出してくる。
こりゃ、困った。
たみ家、「それじゃあ、(どうせ行かんから。)東京視察のときに受け取ります。」
と。
その後、「広州、香港、ニューヨークぐらいには店出せ。やけど、東京でやってからや。」と何十回も繰り返す。
そして、しばらくして、どっかのラウンジのお嬢さんだと思うけど、○ミちゃんから電話がかかってきて、どっかに行ってしまう。
たみ家のまわりにこんな人が多いわけでは決してありません。
あっ、だいぶ昔に貴金属輸入販売してる人で、むちゃなおごり方する人がおったなあ。
このおっさんは、鉄とか銅とかしんちゅうとか貴金属ではないけど、やっぱり額の大きいものとか、額の大きい物の材料とかは調子がいいと儲かるんかなあ?
何を得たってわけでもないけど、それなりに刺激はあったような。
Posted by たみ家 at
20:25
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入ってびっくり
2008年06月11日
昨日、ラーメンポートに行ったら、新しく「高松」のラーメン「虎屋」ができてました。
入り口に「とら家の頑固親父から受け継いだ。。。」みたいなことが書いてあって、もしや。
これは気になって、「たぶん食べない」と前記事で書きつつ入ってしまった。
花園町のときどき行ってたあそこの息子はんだった。
向こうもなんとなく覚えてました。
あの下町の個性店の代表みたいなお店から、サンポートに出店とは驚きです。
たみ家は、ラーメンにも、ここの息子はんにもけっこう好感を持ってます。
バイトの方だと思いますが、看板娘さんも、明るくていい感じ。
この後、珍しい出会いがありました。 続く。
入り口に「とら家の頑固親父から受け継いだ。。。」みたいなことが書いてあって、もしや。
これは気になって、「たぶん食べない」と前記事で書きつつ入ってしまった。
花園町のときどき行ってたあそこの息子はんだった。
向こうもなんとなく覚えてました。
あの下町の個性店の代表みたいなお店から、サンポートに出店とは驚きです。
たみ家は、ラーメンにも、ここの息子はんにもけっこう好感を持ってます。
バイトの方だと思いますが、看板娘さんも、明るくていい感じ。
この後、珍しい出会いがありました。 続く。
Posted by たみ家 at
08:46
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