桃太郎伝説と屋嶋城
2008年03月22日
前回、田村神社の祭神を「吉備津彦の妹」とうっかり書いたので、しらあっと黙って「姉」と訂正しておこうかと思いながら、白状してしまいました。
孝霊天皇の息子さんの「吉備津彦」が主な岡山側伝説の桃太郎で、退治したのは、香川とは違って海賊でなく、「うら(温羅)」と呼ばれた朝鮮半島からの渡来人とそれを受け入れた吉備の国の大和朝廷以前の支配勢力という説がいわれています。
このときの、吉備津彦の部下の犬飼建がいわゆる犬で、この子孫が「話せばわかる」の犬養毅首相だといわれているそうです。
岡山の踊りのお祭りで、「うらじゃ」って聞いたことないでしょうか?
OHKなど、岡山のイベントのCM放送は香川でもけっこうあるし。
「うら」は「温羅」で、百済からの王子で、朝鮮半島の戦乱から逃れてきて吉備の国に定住したといわれてます。
朝廷からすると征伐すべき鬼だったのかもしれません。
また、文化が違うので、その土地の人々とも合わず疎まれていたのかもしれません。
しかし、吉備の国に製鉄や造船、製塩の技術をもたらし、吉備の国を豊かにした恩人ともいえるはず。
吉備の国の和歌の枕詞には讃岐の「玉藻よし」みたいに「まかねふく(真金吹く)」てのがあるそうです。
讃岐のは風景だからまだわかるけど、製鉄に関わる人がそんなに目立つほど居たのか不思議だけど、そうだとしてもそうでなくてもすごいことだと思う。
「地方の時代」といわれるようになり、「中央からみた鬼」を地元の目でもっと見直そうという機運があったからこそ、お祭りの名前に「うらじゃ」をつけるようになったのかなあと勝手に想像してます。
百済から追われた王子と岡山、それを討伐した大和朝廷、再度百済を興そうと朝鮮に攻め入り逃げ帰り、唐と新羅の連合軍が瀬戸内を攻め上るのを恐れて築いた、屋嶋城そのほか、九州から大阪まで続く朝鮮式山城群、攻め入る船を知らせるためののろし台の「とぶひ」、それらと古代朝鮮の文化や東アジアの歴史、高松空港の振興や国際行事など、いろいろおもしろくしながらつなげて実のある形にしていけんもんだろうか。
朝鮮式山城ってあまり詳しくないんだけど、誰が築いたのだろうか?
その築城技術の派生って、他にないんだろうか?
類似の築城技術やその源流って、今の朝鮮半島に残ってないんだろうか?
孝霊天皇の息子さんの「吉備津彦」が主な岡山側伝説の桃太郎で、退治したのは、香川とは違って海賊でなく、「うら(温羅)」と呼ばれた朝鮮半島からの渡来人とそれを受け入れた吉備の国の大和朝廷以前の支配勢力という説がいわれています。
このときの、吉備津彦の部下の犬飼建がいわゆる犬で、この子孫が「話せばわかる」の犬養毅首相だといわれているそうです。
岡山の踊りのお祭りで、「うらじゃ」って聞いたことないでしょうか?
OHKなど、岡山のイベントのCM放送は香川でもけっこうあるし。
「うら」は「温羅」で、百済からの王子で、朝鮮半島の戦乱から逃れてきて吉備の国に定住したといわれてます。
朝廷からすると征伐すべき鬼だったのかもしれません。
また、文化が違うので、その土地の人々とも合わず疎まれていたのかもしれません。
しかし、吉備の国に製鉄や造船、製塩の技術をもたらし、吉備の国を豊かにした恩人ともいえるはず。
吉備の国の和歌の枕詞には讃岐の「玉藻よし」みたいに「まかねふく(真金吹く)」てのがあるそうです。
讃岐のは風景だからまだわかるけど、製鉄に関わる人がそんなに目立つほど居たのか不思議だけど、そうだとしてもそうでなくてもすごいことだと思う。
「地方の時代」といわれるようになり、「中央からみた鬼」を地元の目でもっと見直そうという機運があったからこそ、お祭りの名前に「うらじゃ」をつけるようになったのかなあと勝手に想像してます。
百済から追われた王子と岡山、それを討伐した大和朝廷、再度百済を興そうと朝鮮に攻め入り逃げ帰り、唐と新羅の連合軍が瀬戸内を攻め上るのを恐れて築いた、屋嶋城そのほか、九州から大阪まで続く朝鮮式山城群、攻め入る船を知らせるためののろし台の「とぶひ」、それらと古代朝鮮の文化や東アジアの歴史、高松空港の振興や国際行事など、いろいろおもしろくしながらつなげて実のある形にしていけんもんだろうか。
朝鮮式山城ってあまり詳しくないんだけど、誰が築いたのだろうか?
その築城技術の派生って、他にないんだろうか?
類似の築城技術やその源流って、今の朝鮮半島に残ってないんだろうか?
Posted by たみ家 at
07:42
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携帯電話ですら
2008年03月22日
たみ家は、何かをしようとするときに、100人のうち、95人ぐらいに反対されたり、無関心に扱われてもそんなには気にはしません。
というよりも、気にはするけど、それがやるかやらないかの決め手だとは思いません。
「時間がかかるかなあ。」とか「ケアしないといけない材料が多いかなあ。」とか思います。
もちろん、反対する95人の意見は参考になるし、反対されたり、関心を持たれないということ自体が重要なデータになります。
しかし、後に現実はどうなるかというと、95人に反対されることって現実になることが多い。
携帯電話でさえ、出回り始めたときは、「そんなに持ち歩かないといけないほど、急な連絡の用事なんてそうないよ。」とほとんどの人が言ってたと思います。
8年前ぐらいでさえ、自分の会社の幹部連中は、「携帯電話のようなわずらわしいもの絶対普及しないよ。」と口々に言っていました。
うどん巡りをするために東京からたくさん人が来ると、たみ家は15年前に思っていたわけではありませんが、当時から、そうならないといけないとは思っていました。
そう言っても、そうなるだろうと言う人は周囲に一人もいなかったけど、現実はそうなりました。
消費者には、自分が欲しいものってわからないことが多いはずです。
これは経験的にそう思うし、理屈でも説明できると思う。
だから、クリエイターや仕掛け人の仕事があるわけで、その度量や才覚が大事になるんだと思う。
流行るものが必要かどうかもそうで、「なめねこ」「たまごっち」「Wii」など事前に口で説明されても、魅力的とも思えないし、必要でないものばかりです。
過去の東西のヒット商品番付の上位に必要なものってほとんどないし、事前に聞いて魅力的と思うようなものもほとんどないと思います。
だから、最初に事前に周囲に意見を聞いて賛成してもらうのは、それほど必要じゃないと思います。
まあ、してもらっても悪くはないとは思うけど。
反対意見はやるために参考にするものであって、やるかやらないかを判断する材料ではないと思います。
何につけ、反対されてない意見はもろい。
自分の組織の中での立場でなく、その意見が世の中でほんとに役立つかどうかを考えるなら、反対は買ってでもされておいた方がほんとは良いのだとさえ思う。
まあ、世間上手なやり方ではないでしょうが。
それは社会を良くする事、豊かになること自体が、賛成する人のためのオプションを増やしたり、ニーズを少しずつでも高めて行く事であって、反対する人は利害が抵触しないなら無視しておいてもまず問題にならないでしょう。
普通、ヒット商品を開発することが誰かの利益を害することは稀でしょう。
ただ、賛成する人が少数なら市場に乗りにくいので、市場に乗りやすくするために、幅を広げたり抵抗を和らげるために、反対意見の反対の理由を参考にするのだと思います。
「こんな企画どうですか?」「こんな商品あったらどうですか?」
と聞いて、100人に10人もいいと思う人がいれば、その企画はまずモノになると思います。
創作の場でまで多数決や全会一致の習慣に毒されていると思うことがあります。
そもそも、どんなものだって、100万国内で売れたら大ヒットですが、裏を返せば、大ヒット商品のほとんどは、100人中、99人以上が買うにいたってないわけです。
国内販売個数10万でも、たいていのものはヒットですから、1000人のうち、950人以上に、「そんなもの必要ないし、俺はいらないし、買わない」って言われても、ほとんどの既存のヒット商品は50人にも賛成されないようなもんだから、気にする必要なんかないと思います。
また、よく「空気を読む」とかいいますが、多くの場面で「創作性」や「志」を萎えさせるものだとも思う。
読むのはいいいんです。
ただ、必要だと思うときに、「読んでおいて破る」ことが大事だと思います。
読まずに破る方がいいときもあるかもしれませんが、抵抗にあったり協力をもらえずに、頓挫したのでは、せっかくのアイディアも志もダメになって、それを見て後に続こうとする者を萎えさせるかもしれません。
だから、やっぱり、アイディアや志を持つ人は上手にやった方がよいと思います。
すると、空気ってのは「上手に破るために読むもの」なのかもしれません。
というよりも、気にはするけど、それがやるかやらないかの決め手だとは思いません。
「時間がかかるかなあ。」とか「ケアしないといけない材料が多いかなあ。」とか思います。
もちろん、反対する95人の意見は参考になるし、反対されたり、関心を持たれないということ自体が重要なデータになります。
しかし、後に現実はどうなるかというと、95人に反対されることって現実になることが多い。
携帯電話でさえ、出回り始めたときは、「そんなに持ち歩かないといけないほど、急な連絡の用事なんてそうないよ。」とほとんどの人が言ってたと思います。
8年前ぐらいでさえ、自分の会社の幹部連中は、「携帯電話のようなわずらわしいもの絶対普及しないよ。」と口々に言っていました。
うどん巡りをするために東京からたくさん人が来ると、たみ家は15年前に思っていたわけではありませんが、当時から、そうならないといけないとは思っていました。
そう言っても、そうなるだろうと言う人は周囲に一人もいなかったけど、現実はそうなりました。
消費者には、自分が欲しいものってわからないことが多いはずです。
これは経験的にそう思うし、理屈でも説明できると思う。
だから、クリエイターや仕掛け人の仕事があるわけで、その度量や才覚が大事になるんだと思う。
流行るものが必要かどうかもそうで、「なめねこ」「たまごっち」「Wii」など事前に口で説明されても、魅力的とも思えないし、必要でないものばかりです。
過去の東西のヒット商品番付の上位に必要なものってほとんどないし、事前に聞いて魅力的と思うようなものもほとんどないと思います。
だから、最初に事前に周囲に意見を聞いて賛成してもらうのは、それほど必要じゃないと思います。
まあ、してもらっても悪くはないとは思うけど。
反対意見はやるために参考にするものであって、やるかやらないかを判断する材料ではないと思います。
何につけ、反対されてない意見はもろい。
自分の組織の中での立場でなく、その意見が世の中でほんとに役立つかどうかを考えるなら、反対は買ってでもされておいた方がほんとは良いのだとさえ思う。
まあ、世間上手なやり方ではないでしょうが。
それは社会を良くする事、豊かになること自体が、賛成する人のためのオプションを増やしたり、ニーズを少しずつでも高めて行く事であって、反対する人は利害が抵触しないなら無視しておいてもまず問題にならないでしょう。
普通、ヒット商品を開発することが誰かの利益を害することは稀でしょう。
ただ、賛成する人が少数なら市場に乗りにくいので、市場に乗りやすくするために、幅を広げたり抵抗を和らげるために、反対意見の反対の理由を参考にするのだと思います。
「こんな企画どうですか?」「こんな商品あったらどうですか?」
と聞いて、100人に10人もいいと思う人がいれば、その企画はまずモノになると思います。
創作の場でまで多数決や全会一致の習慣に毒されていると思うことがあります。
そもそも、どんなものだって、100万国内で売れたら大ヒットですが、裏を返せば、大ヒット商品のほとんどは、100人中、99人以上が買うにいたってないわけです。
国内販売個数10万でも、たいていのものはヒットですから、1000人のうち、950人以上に、「そんなもの必要ないし、俺はいらないし、買わない」って言われても、ほとんどの既存のヒット商品は50人にも賛成されないようなもんだから、気にする必要なんかないと思います。
また、よく「空気を読む」とかいいますが、多くの場面で「創作性」や「志」を萎えさせるものだとも思う。
読むのはいいいんです。
ただ、必要だと思うときに、「読んでおいて破る」ことが大事だと思います。
読まずに破る方がいいときもあるかもしれませんが、抵抗にあったり協力をもらえずに、頓挫したのでは、せっかくのアイディアも志もダメになって、それを見て後に続こうとする者を萎えさせるかもしれません。
だから、やっぱり、アイディアや志を持つ人は上手にやった方がよいと思います。
すると、空気ってのは「上手に破るために読むもの」なのかもしれません。
Posted by たみ家 at
06:54
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