やっぱ地名はおもろいなあ。
2008年03月16日
どうも、番町は武家屋敷がどんどん増え、住宅地だから材木町とか鍛冶屋町みたいな特長がなく、えいや!とばかりに一番丁から十番丁まで順次つくっていったみたいで、その中で、後に他の町にならずに残ったとこが、番町のようですねえ。
仏生山のマルナカや南法務局のあたりを出作町とかいうし、観音寺市の国道11号沿いにも同名の町があります。
昔、他の領主の田んぼに耕作に行くことを「出作」といったらしい、「出稼ぎ」の「出」みたいなものでしょうか?
じゃあ、出作町の人は手伝ったのか、手伝われたのか?
う~ん、調べるほどにナゾが増える。
一見、関係なさそうですが、パソコンが普及したら紙が減ると言われましたが増えました。
英語の翻訳機の高性能のものが安価に普及したら英語の勉強の必要がなくなるとかいう人がいますが、逆でしょう。
調べれば調べるほど、ナゾは増える。
情報が増えれば増えるほど、紙が増える。
翻訳機が普及して、英語に触れれば触れるほど英語の勉強の必要性は増大するでしょうね。
地名に戻りますが
三条町とか六条町とかはいかにも条里制の名残ですが、律令制の実施の中のことだから、1300年以上前ですごく古い。
で、前にも書きましたが、六条は山田郡の六条で、三条は香川郡の三条だそうです。
郡単位の実施で、基準は古代の街道、南海道だそうです。
東から西に向かって、一条、二条、南から北へ一里、二里とやったそうです。
で、土地の区画の単位が六町四方が里で、それを細分したのが一町四方の坪だそうです。
で、坪の中で、耕作面積が少ないところで、八反地とか六反地とか言われるようになったそうです。
確かに、林町とか、春日町とか、地名標識やお店の名前に、八反地とかありますね。
小字レベルだと、坪とか反地とかいっぱいあるみたいです。
で、鹿角町の鹿は水を掘り当てたという言い伝えからだそうですが
鹿が神の使いと考えられていたそうですが、水と鹿が関わる伝説っていくつかあるそうで、それらの伝説があるのはそろって砂礫地で保水力のない土壌のとこらしい。
つまり、鹿を地名につけるとこは、水不足で、水を渇望していた可能性が高い。
となると、讃岐では、鹿と聞いただけで、谷が開けたとこから大粒の砂礫がどんどん流れてくる扇状地で、傾斜もきつく、水はけの良い場所とか一発で推理する手がかりにはなるかもしれませんね。
あと、岩波古語辞典によりますと、池は「生け」の意味で、魚とかを活かしておくところだそうです。
「いけす」みたいですね。
って、ことは池には、人が利用しているってことがすでに含意されてるわけですかねえ。
仏生山のマルナカや南法務局のあたりを出作町とかいうし、観音寺市の国道11号沿いにも同名の町があります。
昔、他の領主の田んぼに耕作に行くことを「出作」といったらしい、「出稼ぎ」の「出」みたいなものでしょうか?
じゃあ、出作町の人は手伝ったのか、手伝われたのか?
う~ん、調べるほどにナゾが増える。
一見、関係なさそうですが、パソコンが普及したら紙が減ると言われましたが増えました。
英語の翻訳機の高性能のものが安価に普及したら英語の勉強の必要がなくなるとかいう人がいますが、逆でしょう。
調べれば調べるほど、ナゾは増える。
情報が増えれば増えるほど、紙が増える。
翻訳機が普及して、英語に触れれば触れるほど英語の勉強の必要性は増大するでしょうね。
地名に戻りますが
三条町とか六条町とかはいかにも条里制の名残ですが、律令制の実施の中のことだから、1300年以上前ですごく古い。
で、前にも書きましたが、六条は山田郡の六条で、三条は香川郡の三条だそうです。
郡単位の実施で、基準は古代の街道、南海道だそうです。
東から西に向かって、一条、二条、南から北へ一里、二里とやったそうです。
で、土地の区画の単位が六町四方が里で、それを細分したのが一町四方の坪だそうです。
で、坪の中で、耕作面積が少ないところで、八反地とか六反地とか言われるようになったそうです。
確かに、林町とか、春日町とか、地名標識やお店の名前に、八反地とかありますね。
小字レベルだと、坪とか反地とかいっぱいあるみたいです。
で、鹿角町の鹿は水を掘り当てたという言い伝えからだそうですが
鹿が神の使いと考えられていたそうですが、水と鹿が関わる伝説っていくつかあるそうで、それらの伝説があるのはそろって砂礫地で保水力のない土壌のとこらしい。
つまり、鹿を地名につけるとこは、水不足で、水を渇望していた可能性が高い。
となると、讃岐では、鹿と聞いただけで、谷が開けたとこから大粒の砂礫がどんどん流れてくる扇状地で、傾斜もきつく、水はけの良い場所とか一発で推理する手がかりにはなるかもしれませんね。
あと、岩波古語辞典によりますと、池は「生け」の意味で、魚とかを活かしておくところだそうです。
「いけす」みたいですね。
って、ことは池には、人が利用しているってことがすでに含意されてるわけですかねえ。
Posted by たみ家 at
17:36
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折られたのは何か?
2008年03月16日
たみ家は、函館で女性専用パスタがオープンした頃はちょうど、自店のオープンに近い時期だったので、情報不足でした。
最初は盛況だったけど、「公共の場での性差別だ」などの批判を受けて、女性専用を止めたらしいですね。
たみ家には、これを性差別だという人の気持ちがわからない。
憲法や条例については、専門家に準ずる理解はしている(というより、広義にはベテランの専門家か)つもりですが。
良いものをつくろうとして対象をしぼるのは、差別じゃないよ。
プラチナカードは、収入による差別か?
女子高や女子大はアウトか?
お茶の水女子大とか奈良女子大とか、国立で大金を使って公教育の場をつくって男子学生を排除してるが、あれは違憲ですか?
女性専用のフィットネスクラブは、一つのチェーンだけでもう高松に6店あるそうです。飲食店が差別だという人は、フィットネスも差別だとおっしゃるのか?
女性専用のエステもありますが、これもどうなのか?
わたくしは男性ですが、女性にとって、男性は常に潜在的な脅威だと思います。
しかし、共存して、協力していくものです。
たとえば、夜、静かな道で、女性が残業から一人で帰って歩いているとします。
そこにたまたま、後ろから足音がついてくる。
公道だから、誰がどの距離で歩いていても何の落ち度もないし、どうしようもない。
だけど、女性にとってはこわいはずです。
男でも怖いですが。
たぶん、女性なら、後ろから自転車が接近してくる音がするだけでもこわいはずです。
性風俗とかキャバクラの類があれだけあるってことは、ジャックラカンではないですが、「男性は本質的に女性を希求する」んでしょうね。
これらなんか、男性専用って書いてなくても男性専用で、たぶん、女性一人で来ると、一回は断られると思います。
男性が女性をそれだけお金を出してでも求めるってことは、女性はやっぱり狙われる動機は常にあるわけです。
女性が口に出していうかはともかく、やっぱり女性にとっては、男性は常に潜在的な恐怖の対象だとは思います。
たぶん、女性は男性がいるところでは常に絶対的な意味でのくつろぎは妨げられていると思います。
じゃあ、女性専用の道路とか階段とかつくれとかいっても無理な話で、現実の社会活動の中で、調和が図られるのは当然のことだと思います。
街のいろんなとこで、男性を締め出すわけにもいかないでしょうが、サービス業の中で、女性が男性の目や存在から解放される場所ってのは、いろいろあっても良いと思います。
うちのお客さんも、中央通沿いで働いてる方は、お洒落だなあと思いますが、これだけ毎日キメて来るんだから、相当、男性を中心とした人々の視線から緊張を強いられていることは想像に難くありません。
女性専用パスタは、批判が爆発したから、止めざるを得なくなったのか?
人気が続かなかったのかはよくわかりません。
ただ、フィットネスが短期間で増えているあたりは、アスリートよりも気軽な美容や健康を求めての女性ならではの需要があったのだと思う。
高松に6店舗を持つカーブスさんは、営業を19:00で終えて、日曜日は休みにできてるそうです。
これらも、女性独自に絞れたから、小さな設備で、コンパクトな営業が可能になったのだと思う。
飲食店でも、女性専用に絞ることで、新しいサービスができたり、コンパクトで無駄の無い在庫管理や人事管理などが可能になる可能性は大いにあると思う。
こういうお客さんの需要や経営サイドの事情を「性差別」だと批判して妨害するのは、困った人だと思う。
たみ家は、女性専用パスタが折れてしまったことについては、
いろいろな方の意見を聞いてみて、変わっていくかもしれませんが、現時点では
一パスタ店じゃなく、社会の中の「創意」や「寛容さ」や「誠実さ」や「思いやり」が折られたのだと感じています。
ついでの地名シリーズ
王越の王は、三韓遠征のときの、神功皇后との関係でした。
で、根来寺に牛鬼がいたように思いますが、神功皇后軍は、牛窓の牛鬼を追っかけたらしいですが同じかどうか調べよう。
あと、小豆島には伊喜末(いぎすえ)ってとこがありますが、応神天皇の「行幸」と休息した意味の「息をすえる。」が合体で、「いきすえ」からそうなったそうです。
神功皇后までが実在が疑わしいけど、応神天皇からは実在間違いなさそうです。
だって、皇后70年近く、政治に関わったとか書いてある。
うそ臭いぞ。
日本書紀、ときどき、300年ぐらい生きた人の実名とかあるし。
皇后、軍事遠征中に産気づいて、今の王越山を越えて、木沢村に入ったそうです。
応神天皇の母が神功皇后だから、このとき生まれたのがもしや応神天皇?
じゃあ、王は、胎児時代の応神天皇?それとも神功皇后。
ああ、調べるとまたきっかけが増えて、調べることが増えるなあ。
まあ、海辺に山が突き出た地形なので、山の尾根を越さないと、向こう側に行けなかったので、「尾越し」からというロマンも何もない説もありますが、わざわざ王に変えた由来の伝説は、神功皇后にありなのは間違いなさそうです。
最初は盛況だったけど、「公共の場での性差別だ」などの批判を受けて、女性専用を止めたらしいですね。
たみ家には、これを性差別だという人の気持ちがわからない。
憲法や条例については、専門家に準ずる理解はしている(というより、広義にはベテランの専門家か)つもりですが。
良いものをつくろうとして対象をしぼるのは、差別じゃないよ。
プラチナカードは、収入による差別か?
女子高や女子大はアウトか?
お茶の水女子大とか奈良女子大とか、国立で大金を使って公教育の場をつくって男子学生を排除してるが、あれは違憲ですか?
女性専用のフィットネスクラブは、一つのチェーンだけでもう高松に6店あるそうです。飲食店が差別だという人は、フィットネスも差別だとおっしゃるのか?
女性専用のエステもありますが、これもどうなのか?
わたくしは男性ですが、女性にとって、男性は常に潜在的な脅威だと思います。
しかし、共存して、協力していくものです。
たとえば、夜、静かな道で、女性が残業から一人で帰って歩いているとします。
そこにたまたま、後ろから足音がついてくる。
公道だから、誰がどの距離で歩いていても何の落ち度もないし、どうしようもない。
だけど、女性にとってはこわいはずです。
男でも怖いですが。
たぶん、女性なら、後ろから自転車が接近してくる音がするだけでもこわいはずです。
性風俗とかキャバクラの類があれだけあるってことは、ジャックラカンではないですが、「男性は本質的に女性を希求する」んでしょうね。
これらなんか、男性専用って書いてなくても男性専用で、たぶん、女性一人で来ると、一回は断られると思います。
男性が女性をそれだけお金を出してでも求めるってことは、女性はやっぱり狙われる動機は常にあるわけです。
女性が口に出していうかはともかく、やっぱり女性にとっては、男性は常に潜在的な恐怖の対象だとは思います。
たぶん、女性は男性がいるところでは常に絶対的な意味でのくつろぎは妨げられていると思います。
じゃあ、女性専用の道路とか階段とかつくれとかいっても無理な話で、現実の社会活動の中で、調和が図られるのは当然のことだと思います。
街のいろんなとこで、男性を締め出すわけにもいかないでしょうが、サービス業の中で、女性が男性の目や存在から解放される場所ってのは、いろいろあっても良いと思います。
うちのお客さんも、中央通沿いで働いてる方は、お洒落だなあと思いますが、これだけ毎日キメて来るんだから、相当、男性を中心とした人々の視線から緊張を強いられていることは想像に難くありません。
女性専用パスタは、批判が爆発したから、止めざるを得なくなったのか?
人気が続かなかったのかはよくわかりません。
ただ、フィットネスが短期間で増えているあたりは、アスリートよりも気軽な美容や健康を求めての女性ならではの需要があったのだと思う。
高松に6店舗を持つカーブスさんは、営業を19:00で終えて、日曜日は休みにできてるそうです。
これらも、女性独自に絞れたから、小さな設備で、コンパクトな営業が可能になったのだと思う。
飲食店でも、女性専用に絞ることで、新しいサービスができたり、コンパクトで無駄の無い在庫管理や人事管理などが可能になる可能性は大いにあると思う。
こういうお客さんの需要や経営サイドの事情を「性差別」だと批判して妨害するのは、困った人だと思う。
たみ家は、女性専用パスタが折れてしまったことについては、
いろいろな方の意見を聞いてみて、変わっていくかもしれませんが、現時点では
一パスタ店じゃなく、社会の中の「創意」や「寛容さ」や「誠実さ」や「思いやり」が折られたのだと感じています。
ついでの地名シリーズ
王越の王は、三韓遠征のときの、神功皇后との関係でした。
で、根来寺に牛鬼がいたように思いますが、神功皇后軍は、牛窓の牛鬼を追っかけたらしいですが同じかどうか調べよう。
あと、小豆島には伊喜末(いぎすえ)ってとこがありますが、応神天皇の「行幸」と休息した意味の「息をすえる。」が合体で、「いきすえ」からそうなったそうです。
神功皇后までが実在が疑わしいけど、応神天皇からは実在間違いなさそうです。
だって、皇后70年近く、政治に関わったとか書いてある。
うそ臭いぞ。
日本書紀、ときどき、300年ぐらい生きた人の実名とかあるし。
皇后、軍事遠征中に産気づいて、今の王越山を越えて、木沢村に入ったそうです。
応神天皇の母が神功皇后だから、このとき生まれたのがもしや応神天皇?
じゃあ、王は、胎児時代の応神天皇?それとも神功皇后。
ああ、調べるとまたきっかけが増えて、調べることが増えるなあ。
まあ、海辺に山が突き出た地形なので、山の尾根を越さないと、向こう側に行けなかったので、「尾越し」からというロマンも何もない説もありますが、わざわざ王に変えた由来の伝説は、神功皇后にありなのは間違いなさそうです。
Posted by たみ家 at
13:05
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