芸術&まち歩き&潜在能力アプローチ 1

2008年03月25日

物の価値を計るに
昔、限界効用逓減の法則って、経済学で聞いた。
限界は数学では△(デルタ)で、日本語の感じと違って、限界は「伸び」の意味。

生ビール一杯目はうまいけど、同じビール二杯目は、一杯目の価値ないし、三杯目になると、人によってはタダでもいらない。
どころか、すすめられて大迷惑。

ただ、たくさん飲める人なら、価値の減り方は少ないかも。

英語の本を読める人には、英語の本の価値があるけど、読めない人には他人への譲渡価値がなければゴミとそう変わらないかもしれない。

芸術も理解できないと、お金払って見に行っても、その価値を感じられないし。
いや理解できんでも、「うわあ」とか「なんだろう?しげしげ。。。」とか思う人と、まったく無関心では大違い。
後で何か、興味を持つきっかけにつながるかどうかなんか違うと思う。

まち歩きも、そこへの感受性がないと、価値を感じようがない。

物事の価値は、財貨や事物の側でなくて、人の頭の中に規定されているとこが大いにありそう。
典型の典型は愛する人の形見とか。
母校の意味とか。

また、英語はいくら語学として勉強しても、たぶん、その人の世の中や人への関心の幅が狭ければ、観念のないことは言葉にしようがないので、意外に伸びないのではないだろうか?

これからの経済価値については、感受性とか理解力とかリテラシーとか場合によっては、そこで紡いできた思い出の類とか、いわれるようなものが、物質が飽和し、消費が成熟し、大量生産が環境的にも限界や矛盾を見せるようになった昨今、大きな意味を持つのではないか?

ああ。もう店の準備せんと。

潜在能力アプローチ。
可能感。
社会的オプション。

10年ほど前に、芸術とアマルティア・センの経済学の関連について書かれたコラムを読んだのが、このあたりのきっかけかなあ。


 
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