事後報告になりましたが
2011年12月16日
うどんたみ家は、昨日で営業を終了いたしました。
あの場所を賃借したのはちょうど6年間になります。
今までいろいろとありがとうございました。
新しいうどん店が同じ場所でできます。
うちで習ったようなうどんと出汁になる予定ですが、総菜の腕は京都の割烹や高松の有名料理店で責任者をするなどしてきた方で、レベルはかなり上がると思われます。
相手方との日程の調整の詳細がギリギリまで決まらなかったのと、新しくお店をする方の意向に反して何か書くことになると問題なので、ブログで書くのを控えてきました。
しばらくは、頼まれて手伝いに行くことになりそうです。
うどん屋やる前の人生がなかったと思えるほど濃厚で意味のあるうどん店ライフでしたが、終わってみて感慨のようなものはあまりなかったです。
目の前にやることが山積みで、何かをゆったりと思い返す間がないというのもあるし、普段から書いてるので、常にある程度思い返しているからかもしれません。
ちょうど携帯電話もドタバタした状況でなくなっていたので、連絡しようと思っていた方にもうどん店主引退の連絡ができないこともありました。
政策中心の生活への渇望があったので、日々人が訪れるうどん店ライフを楽しみながらも、新しく同じ場所でうどん店をしたいという方が現れたのは、大きなわが人生の追い風と感じています。
また、身体はほんとうにうどん店は、疲れるものだと思います。
まあ、わたくしより頑健な人もそういないと思いますが、イメージとしては、毎日、雨の日も雪の日も風邪ひきの日もタイヤを曳いて早朝から松山まで自転車で往復するような感じはありましたね。
香川で一番頑健な人でもかなり堪えると思います。
わたくしも、朝、立ち上がるだけでやっとという日はかなりありました。
自分以外に家族労働がない状況では、なかなか持たないだろうと思ってましたし、頑健自慢みたいな人が軒並み心筋梗塞やヘルニアで倒れるのもよくわかりました。
今まで、うどん店ライフのために、多くの方のご協力を得たり、ご迷惑をおかけしたなあと思い、たいへんな感謝と身につまされる念がありますが、反面、うどん店という困難過ぎて、かつ、莫大な時間を必要とすることを続けていることで、今まで、諸事を確実・的確にやってこれたと思う自分が、色んなことで失敗したり、中途半端になるなあとは感じていました。
うちの経営事情なら、うどん店をやっていると、365日17時間うどんのことをやらないといけなくなります。
これを脱するには、辞めるか、企業的に展開して自分の身を店から引いて経営するかしかないというのは、ブログを書き続けて考察しててもはっきりしていました。
仮に、協力的な配偶者がいて、どれだけ手伝おうと解決には足りません。
これまでの6年間は、うどん店をすることに大いに意味がありましたが、これからの6年、わたくしにとって、うどん店をすることの意義は、ほとんどなく、自分の能力や価値の発揮を阻害することにしかならないだろうというのは、ほぼ確実なことだったでしょう。
高校に行くことは重要ですが、5年も10年も行く意味がないのと、自分の場合は似ているでしょう。
もともと、政策の勉強として、冷暖房のきいた高いビルの中から統計で管理するような官公署のスタンスへの疑問から、実際に経営者になり、雇用主になり、面接官になり、商店会の一員になり、イベントの主催者になり、自費で広告をつくったり、肉体労働者になり、事業の借入れをするなどして、リアリティーのある穴や偏りの少ない政策的視点を持って、官公署の政策にチェックをかける能力をつけることがうどん屋を開く最大の目的でした。
役人や大学の先生と言葉で叩き合って、パンチで相手を身体ごと浮かすような重みを出せるのは、うどん屋やたこ焼き屋をやっていればのことで、橋下が強いのも、それに同類の強さで、きれいなエリートの世界の人間じゃないからです。
きれいな世界でもある程度力のある部類の人間が両面やるから意味があるんです。
官公署の幹部連中から、「当年代最高の政策通」、「香川の知識の宝庫」ぐらい、お世辞や揶揄半分でも言われてきたから、うどん屋やってて、本も読まず、テレビも見ず、一日文字をまったく見ない日が多くても、これぐらい書けるのだとは思ってます。
もっとも、この6年で知識は劣化して、知識自体はレベルの低いことしか書けなくなってはいましたが、これについてはすぐに回復するでしょう。
こういう力を練り上げようとしていたことは、なかなかわかりにくいことかもしれませんが、ブログをこの調子で8年ぐらい書いてるのを読まれている方ならある程度わかっていただけるかもしれません。
この点でいうと、もううどん屋で学ぶものはなく、学んで練り上げて鍛えてきたものを世の中に発揮して、価値を実現するしかないわけです。
今まで、ありがとうございましたと言うべきところだとは思うのですが、やることが山積の中、スタートを切った感覚がほとんどで、何かを終えて、感慨にどうこうというものは感覚的にはほとんどないのが、正直なところです。
これからの政策優先の活動こそが本番なので、やっと本番へのステージに立てたので、今まで以上にご協力お願いしたいというのが、厚かましいながら、実感です。
あの場所を賃借したのはちょうど6年間になります。
今までいろいろとありがとうございました。
新しいうどん店が同じ場所でできます。
うちで習ったようなうどんと出汁になる予定ですが、総菜の腕は京都の割烹や高松の有名料理店で責任者をするなどしてきた方で、レベルはかなり上がると思われます。
相手方との日程の調整の詳細がギリギリまで決まらなかったのと、新しくお店をする方の意向に反して何か書くことになると問題なので、ブログで書くのを控えてきました。
しばらくは、頼まれて手伝いに行くことになりそうです。
うどん屋やる前の人生がなかったと思えるほど濃厚で意味のあるうどん店ライフでしたが、終わってみて感慨のようなものはあまりなかったです。
目の前にやることが山積みで、何かをゆったりと思い返す間がないというのもあるし、普段から書いてるので、常にある程度思い返しているからかもしれません。
ちょうど携帯電話もドタバタした状況でなくなっていたので、連絡しようと思っていた方にもうどん店主引退の連絡ができないこともありました。
政策中心の生活への渇望があったので、日々人が訪れるうどん店ライフを楽しみながらも、新しく同じ場所でうどん店をしたいという方が現れたのは、大きなわが人生の追い風と感じています。
また、身体はほんとうにうどん店は、疲れるものだと思います。
まあ、わたくしより頑健な人もそういないと思いますが、イメージとしては、毎日、雨の日も雪の日も風邪ひきの日もタイヤを曳いて早朝から松山まで自転車で往復するような感じはありましたね。
香川で一番頑健な人でもかなり堪えると思います。
わたくしも、朝、立ち上がるだけでやっとという日はかなりありました。
自分以外に家族労働がない状況では、なかなか持たないだろうと思ってましたし、頑健自慢みたいな人が軒並み心筋梗塞やヘルニアで倒れるのもよくわかりました。
今まで、うどん店ライフのために、多くの方のご協力を得たり、ご迷惑をおかけしたなあと思い、たいへんな感謝と身につまされる念がありますが、反面、うどん店という困難過ぎて、かつ、莫大な時間を必要とすることを続けていることで、今まで、諸事を確実・的確にやってこれたと思う自分が、色んなことで失敗したり、中途半端になるなあとは感じていました。
うちの経営事情なら、うどん店をやっていると、365日17時間うどんのことをやらないといけなくなります。
これを脱するには、辞めるか、企業的に展開して自分の身を店から引いて経営するかしかないというのは、ブログを書き続けて考察しててもはっきりしていました。
仮に、協力的な配偶者がいて、どれだけ手伝おうと解決には足りません。
これまでの6年間は、うどん店をすることに大いに意味がありましたが、これからの6年、わたくしにとって、うどん店をすることの意義は、ほとんどなく、自分の能力や価値の発揮を阻害することにしかならないだろうというのは、ほぼ確実なことだったでしょう。
高校に行くことは重要ですが、5年も10年も行く意味がないのと、自分の場合は似ているでしょう。
もともと、政策の勉強として、冷暖房のきいた高いビルの中から統計で管理するような官公署のスタンスへの疑問から、実際に経営者になり、雇用主になり、面接官になり、商店会の一員になり、イベントの主催者になり、自費で広告をつくったり、肉体労働者になり、事業の借入れをするなどして、リアリティーのある穴や偏りの少ない政策的視点を持って、官公署の政策にチェックをかける能力をつけることがうどん屋を開く最大の目的でした。
役人や大学の先生と言葉で叩き合って、パンチで相手を身体ごと浮かすような重みを出せるのは、うどん屋やたこ焼き屋をやっていればのことで、橋下が強いのも、それに同類の強さで、きれいなエリートの世界の人間じゃないからです。
きれいな世界でもある程度力のある部類の人間が両面やるから意味があるんです。
官公署の幹部連中から、「当年代最高の政策通」、「香川の知識の宝庫」ぐらい、お世辞や揶揄半分でも言われてきたから、うどん屋やってて、本も読まず、テレビも見ず、一日文字をまったく見ない日が多くても、これぐらい書けるのだとは思ってます。
もっとも、この6年で知識は劣化して、知識自体はレベルの低いことしか書けなくなってはいましたが、これについてはすぐに回復するでしょう。
こういう力を練り上げようとしていたことは、なかなかわかりにくいことかもしれませんが、ブログをこの調子で8年ぐらい書いてるのを読まれている方ならある程度わかっていただけるかもしれません。
この点でいうと、もううどん屋で学ぶものはなく、学んで練り上げて鍛えてきたものを世の中に発揮して、価値を実現するしかないわけです。
今まで、ありがとうございましたと言うべきところだとは思うのですが、やることが山積の中、スタートを切った感覚がほとんどで、何かを終えて、感慨にどうこうというものは感覚的にはほとんどないのが、正直なところです。
これからの政策優先の活動こそが本番なので、やっと本番へのステージに立てたので、今まで以上にご協力お願いしたいというのが、厚かましいながら、実感です。
Posted by たみ家 at
17:05
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