職業と投資

2012年07月02日

うどん屋をする人は、うどん屋を「投資」として扱えないといけない。

たみ家は、「職業」として始めたが、やり始めたら、自分の身体を抜ける店にならないと、必ず潰れると悟った。

今、繁栄してるところは、みな、自分の身体を抜ける店を持っている。

過去、5年ぐらいに開いた店で、お客さんがまあまあ来てて評判のいい店はあるが、身体が抜けないということは収益が充分でないということだし、もちろん慣れた一店目で身体を抜けないんだから新しい店出せないよね。
つまり、人も育てられてないし、育てるシステムがないってこと。

だから、変化に弱い。
まして、身体を抜けないということは、怪我や病気で休んでカラ家賃払ったりパートに不遇な目に合わせて辞められるか、カラ賃金払わないといけないんだから、モロい。

また、絶対的に数字の問題として、うどん屋は職業になりません。
少なくとも香川では。

これを確定で結論づけたのがたみ家だけなら、たみ家のさぬきうどん考察は、日本の最高峰と言えるかもね。
知事や市長やジャーナリストの方は読んでおいた方がいいでしょうね。

9~10人の店が繁盛店の標準ってことは、時給800円の人がスタッフのほとんどで、繁盛店だから繁盛してない店より生産性が高い。

ってことは、香川県内で、小さいうどん屋の店主が、自分の店のパートより時給とることは、数学的絶対的不能なんです。
つまり、時給800円未満で働かざるを得ないのに、店の開業費の償却と、設備修繕の費用を出せる可能性ってありますか?
つまり、ローソンのアルバイトの人が店の借金を返して、道具が壊れたらバイトの給料から引かれる、それは厳しいから、365日16時間働く、でも、そう儲かりはしないし、うどん屋の場合は、その長時間労働を家の人が肩代わりしたりしている。

職業から始めて繁盛しても、9人の店になってたら、当然身体を入れてても、自分以外の働きの率が高いわけだ。
つまり、自分以外の働きの率が高いんだから、職人以上に管理者としての重要性が高くなってる。

人に投資してるわけだ。

お客さんを大事にして、作業を愛しながら、投資に現実の手段を切り替えない限り、変化にやられたり、怪我したら店閉めたり、親のただ働きや財産を当てにした店であり続けることになる。

前向きでしょう。
線を引いて、不可能や不毛を明快に線引きするから、前向きなわけです。
人を育てたり、その前提として人を信じたり、作業を改善せざるを得ない。


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