反戦の歌とマイ箸・リサイクル割箸

2008年03月09日

平和を願う形の市民活動の中に街頭でギター片手に反戦の歌を歌うってのがあると思います。
こういうことは意味も効果もある大事なことだと思います。

だからといって、歌を歌う人が増えることが、直接平和につながるということはないでしょう。
多くの人の心に訴えて、メディアや政治が変わることを通じて、さらに、そこから派生する様々な活動が実を結ぶことで結果が出るものだと思います。
もっとも、貧困を減らすというのが一つだけをいうなら最高・最善の答えだと思います。

マイ箸も反戦の歌を歌うことと似てて、直接割箸を減らしてるように見えるけど、直接的な効果はないといっていいようなものでしょう。
とはいえ、これらが、メディアや政治に働きかけてきたことは間違いないと思います。

では、マイ箸と反戦の歌で何が違うかというと

反戦の歌は直接平和につながると思われてないけど、マイ箸は直接環境負荷を下げる活動だと思われたり主張されたりしている点です。
後者は思われているだけに、具体的な直接環境負荷を下げる正しい選択肢の広がりを、ビデオの規格争いのように遅らせたり阻害する要因になる可能性があるというのが問題なんです。

もし、間伐材の割箸を使うのが最高の選択だとしても、リサイクルをすればいいじゃないかとか、マイ箸で使わないことこそが正しいのだという考えが市民の間で割れていたりあいまいなままだと、普及しないし、行政も企業も乗り出しにくくなるんです。
共感を得ることが確実でなければ、その活動の中で広告することの効果が上がらないから協賛負担金も出しにくかろうとか。
シェアをとらないとコストも下がらないだろうし。

黎明期にはいろんな考えがあって、いろんな思いから、いろんな活動が起こるのが良いけど
ものによっては、方法が天下統一されないとラチがあかんものがあると思う。

たみ家は、リサイクル箸やマイ箸は割箸の削減に関しては、現在直接的に問題の解決を遅らせている疑いはあると思う。
その点、指摘される論者があまり見かけられない点、気になるんです。
こういうことは、議論の俎上に上がるのが自然だと思う。


 
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