もし全員がマイ箸したら
2008年02月17日
ワタミさんや松屋さんが洗い箸の共同利用をしていると聞くので、
現在、マイ箸を製造販売されている方は、急に全飲食店への普及を前提にした生産活動も難しいので、マイ箸を持ってきたら、洗ってくれるお店や50円引きとかされるお店に、2000本とか、そのお店の1週間分を洗い箸用として、無償、または、安価で提供することを打診されてはいかがでしょうか?
これは、竹林や里山利用と飲食店の環境保護活動の好連携の例として、たぶん新聞で記事にしてくれると思う。
今日の四国新聞(ほかもそうだと思うけど)に、東芝HDDVD撤退の見出しが一面に出ました。
ネットワーク外部性で、触れましたが、ソフト産業も巻き込んで、数を増やすことそのもので、東芝・NEC陣営に対して、優位性を拡大させ、昨年末あたりは、販売台数の96%以上がブルーレーだったと聞いてます。
たみ家は、原則を背景に書いてることが多いのですが、ここでの原則は
「普及するものは、普及するほどにその効用を増し、市場制圧に向けて加速する。」
「ネットワーク外部性」の概念の要だと思います。
たみ家は、テレビはまったく見ないで、四国新聞だけ読んで、たまに、銀行の順番待ちで、日経ビジネスを斜め読みしてる程度ですが、原則はわかるような気がします。
ところが、個々の事実や状況は、あまりよくわかりません。
クリティカルマスは、松下が参加した時点で決まったのか、アメリカの大手ソフトだかメディア産業がブルーレーを採用した時点で決まったのかとかはまったくわかりません。
じゃあ、マイ箸をもし、1日200または100膳出るセルフうどん店で、全員のお客さんがやったらどうなるでしょうか?
ときどき聞くのが、50円引きのサービスと洗ってあげるサービス
まず、200膳で計算ですが、1日に1万円引きになり、月で週1休なら、25万円引き、週休なしなら30万円引きになります。
200膳のセルフ店なら、家賃は15万円前後でしょう。
家賃をダブル近く負担するなんてできるわけないでしょう。
貫徹したら100%すべてのセルフうどん店がつぶれます。
また、洗ってあげるサービスですが、混んでる時間にできないなら、効果なんかないでしょう。
空いてる時間だけ洗うなら、2割のお客さんに洗ってあげるのが精一杯でしょう。
以前に、店の共同利用の箸を洗うなら、人件費と水道代と、割箸の価格がトントンかと書きましたが、やっぱりいっぺんに洗っても人件費が大きいでしょう。
それが、マイ箸なら、随時洗うわけで、水浸しで返すわけにもいかず乾いたふきんなどで仮に拭くとします。
随時に箸洗って、いちいちふきんで拭いたら下手したら、2分かかるし、お客さんの要求に応じて動作がえをすると前後にロスが出るので、拭かなくても平均一膳当たりで、2分近い労働が発生すると思うよ。
ベルトコンベア的に直線的に同一作業をするから肉体労働の生産性は上がるんでしょう。
すると、200膳のうちで一括洗いできる時間はマイ箸の場合はないので、少なく見積もっても、200分以上のパートの人件費が発生します。
すると、3000円ぐらい1日、箸洗うのに人件費がかかります。
月に8万円前後のパート人件費が発生。
1日100膳の店なら、50円引きせずに、こっちだけでも、3、4万円とか経費が増える計算です。
100膳の店は他に収入がないと、もうかつかつの生活状況のはずなので、他収入なければ、生活ごと破綻するでしょう。
いいことを普及させたいのに、普及したら、
どんなお店でも破綻するようなサービスをマイ箸推奨店はしているわけです。
じゃあ、普及させたいからサービスして、普及がはじまったらサービスの役割が終わったとして、50円引きは止めてもマイ箸の普及に影響はないとしても、店が洗うことで普及したものが、洗うのをやめたら、どうだろうかって疑問はありませんか?
ネットワーク外部性とクリティカルマスからの演繹法、家電その他、さまざまな普及争いから経験則的に考えても
普及すればするほどに、店が困って、利用するお客さんもサービスを落とされるものが増えるでしょうか?
水を高いところに流し続けるのは絶対に無理です。
でも、たみ家とマイ箸推奨派の方の究極的な目的にそう変わりはないはずなんです。
そこで、マイ箸推奨店なら、ワタミや松屋がやってるぐらいだから、竹の洗い箸を使ってくれるかもしれません。
多くのお店がやらないと導入しにくいなら、クリティカルマスを昼食市場圏内で、取るために、根回しで、陣営を組んで味方を増やすこともありでしょう。
松屋やワタミのような大資本がもう入ってるし、その大資本も、洗い箸への抵抗を下げたいので、陣営を組みたがってる可能性は高いので、社会通念づくりのためにお金だしたり、行政に働きかける動機はあるわけです。
だから、勝機はそこそこにあるようにも思います。
こっちなら、普及すればするほどに、社会通念からの抵抗が下がり、業務用洗い箸の単価も下がります。
数日分用意してあるので、今度は、一括で桶につけ置きして、直線的に作業ができるので、マイ箸に比べて、人件費も水代も大幅に下がります。
ただ、これとて、いっぺん、200膳の箸を一気に洗ってみないとわからんけど、松屋やワタミで聞いたら「環境にやさしい」と高らかにうたってるぐらいだから、きちんと名乗って趣旨を述べて礼儀守って聞いたら、作業状況や問題点は普通に快く教えてくれるでしょう。
これは、原則に適い、水を低きに流す作業です。
やや暴れ気味の流れを低きに流し、その流れをコントロールするに過ぎないでしょう。
さて、理論はまずまずのようですが
何ぶん、たみ家は、ただただ店にこもってるうどん屋なので
竹林など原材料の供給現場や製造工程のことはまったく知りません。
これを調べるのはたみ家の責任なのでしょうか?
時間があったら調べますが、理解に限界があるし、そう考えることが社会的に有益といえるだろうか?
とも思います。
現在、マイ箸を製造販売されている方は、急に全飲食店への普及を前提にした生産活動も難しいので、マイ箸を持ってきたら、洗ってくれるお店や50円引きとかされるお店に、2000本とか、そのお店の1週間分を洗い箸用として、無償、または、安価で提供することを打診されてはいかがでしょうか?
これは、竹林や里山利用と飲食店の環境保護活動の好連携の例として、たぶん新聞で記事にしてくれると思う。
今日の四国新聞(ほかもそうだと思うけど)に、東芝HDDVD撤退の見出しが一面に出ました。
ネットワーク外部性で、触れましたが、ソフト産業も巻き込んで、数を増やすことそのもので、東芝・NEC陣営に対して、優位性を拡大させ、昨年末あたりは、販売台数の96%以上がブルーレーだったと聞いてます。
たみ家は、原則を背景に書いてることが多いのですが、ここでの原則は
「普及するものは、普及するほどにその効用を増し、市場制圧に向けて加速する。」
「ネットワーク外部性」の概念の要だと思います。
たみ家は、テレビはまったく見ないで、四国新聞だけ読んで、たまに、銀行の順番待ちで、日経ビジネスを斜め読みしてる程度ですが、原則はわかるような気がします。
ところが、個々の事実や状況は、あまりよくわかりません。
クリティカルマスは、松下が参加した時点で決まったのか、アメリカの大手ソフトだかメディア産業がブルーレーを採用した時点で決まったのかとかはまったくわかりません。
じゃあ、マイ箸をもし、1日200または100膳出るセルフうどん店で、全員のお客さんがやったらどうなるでしょうか?
ときどき聞くのが、50円引きのサービスと洗ってあげるサービス
まず、200膳で計算ですが、1日に1万円引きになり、月で週1休なら、25万円引き、週休なしなら30万円引きになります。
200膳のセルフ店なら、家賃は15万円前後でしょう。
家賃をダブル近く負担するなんてできるわけないでしょう。
貫徹したら100%すべてのセルフうどん店がつぶれます。
また、洗ってあげるサービスですが、混んでる時間にできないなら、効果なんかないでしょう。
空いてる時間だけ洗うなら、2割のお客さんに洗ってあげるのが精一杯でしょう。
以前に、店の共同利用の箸を洗うなら、人件費と水道代と、割箸の価格がトントンかと書きましたが、やっぱりいっぺんに洗っても人件費が大きいでしょう。
それが、マイ箸なら、随時洗うわけで、水浸しで返すわけにもいかず乾いたふきんなどで仮に拭くとします。
随時に箸洗って、いちいちふきんで拭いたら下手したら、2分かかるし、お客さんの要求に応じて動作がえをすると前後にロスが出るので、拭かなくても平均一膳当たりで、2分近い労働が発生すると思うよ。
ベルトコンベア的に直線的に同一作業をするから肉体労働の生産性は上がるんでしょう。
すると、200膳のうちで一括洗いできる時間はマイ箸の場合はないので、少なく見積もっても、200分以上のパートの人件費が発生します。
すると、3000円ぐらい1日、箸洗うのに人件費がかかります。
月に8万円前後のパート人件費が発生。
1日100膳の店なら、50円引きせずに、こっちだけでも、3、4万円とか経費が増える計算です。
100膳の店は他に収入がないと、もうかつかつの生活状況のはずなので、他収入なければ、生活ごと破綻するでしょう。
いいことを普及させたいのに、普及したら、
どんなお店でも破綻するようなサービスをマイ箸推奨店はしているわけです。
じゃあ、普及させたいからサービスして、普及がはじまったらサービスの役割が終わったとして、50円引きは止めてもマイ箸の普及に影響はないとしても、店が洗うことで普及したものが、洗うのをやめたら、どうだろうかって疑問はありませんか?
ネットワーク外部性とクリティカルマスからの演繹法、家電その他、さまざまな普及争いから経験則的に考えても
普及すればするほどに、店が困って、利用するお客さんもサービスを落とされるものが増えるでしょうか?
水を高いところに流し続けるのは絶対に無理です。
でも、たみ家とマイ箸推奨派の方の究極的な目的にそう変わりはないはずなんです。
そこで、マイ箸推奨店なら、ワタミや松屋がやってるぐらいだから、竹の洗い箸を使ってくれるかもしれません。
多くのお店がやらないと導入しにくいなら、クリティカルマスを昼食市場圏内で、取るために、根回しで、陣営を組んで味方を増やすこともありでしょう。
松屋やワタミのような大資本がもう入ってるし、その大資本も、洗い箸への抵抗を下げたいので、陣営を組みたがってる可能性は高いので、社会通念づくりのためにお金だしたり、行政に働きかける動機はあるわけです。
だから、勝機はそこそこにあるようにも思います。
こっちなら、普及すればするほどに、社会通念からの抵抗が下がり、業務用洗い箸の単価も下がります。
数日分用意してあるので、今度は、一括で桶につけ置きして、直線的に作業ができるので、マイ箸に比べて、人件費も水代も大幅に下がります。
ただ、これとて、いっぺん、200膳の箸を一気に洗ってみないとわからんけど、松屋やワタミで聞いたら「環境にやさしい」と高らかにうたってるぐらいだから、きちんと名乗って趣旨を述べて礼儀守って聞いたら、作業状況や問題点は普通に快く教えてくれるでしょう。
これは、原則に適い、水を低きに流す作業です。
やや暴れ気味の流れを低きに流し、その流れをコントロールするに過ぎないでしょう。
さて、理論はまずまずのようですが
何ぶん、たみ家は、ただただ店にこもってるうどん屋なので
竹林など原材料の供給現場や製造工程のことはまったく知りません。
これを調べるのはたみ家の責任なのでしょうか?
時間があったら調べますが、理解に限界があるし、そう考えることが社会的に有益といえるだろうか?
とも思います。
Posted by たみ家 at 19:17│Comments(0)