立地と手腕

2009年11月30日

いい例えが見つかりました。

飲食店を始めるのに

「立地・店舗が8割で、手腕2割」とは本にもよく書いてあるし、経験豊富な人ほどよく言います。

ところが、これに対して、「手腕でどうにかなる。」とか言う人もいます。

水掛け論っぽくて、具体的な状況や対策を立てるに値しない話。

多くの開業指導書は物事を説明するのが下手で、構造を捉えてない。

時間無制限の長距離レースをするのに

立地・店舗が乗り物で、手腕が運転技術。

そう思うと、どっちが大事かわかるでしょ。

ある程度同じ程度の乗り物だったり、技量を問われるコースなら、手腕が物を言うし

単純なものを単純に利便性重視で売る場合は、高速道路でのレースみたいなもので、車の性能がモロに物を言う。
つまり、どんな技量を持っていても、絶対的に無理なケースがあるということ。

すると、家族やスタッフが補給チームとか24時間走り続けるための交代ドライバーとか、乗り物と運転技術の例えから派生して、多くの場面の意味が噛み砕いていける。

立地が8割なんて、従来のコンサルタントはぼんやりした書き方をし過ぎ。

すると、高単価の割烹だと、コースが技術を要するので、素人が大型車に乗るよりも、上手が軽に乗って勝つことはありそう。



ところで
たみ家は、数字のことをよく書きますが、たみ家が数字で動くタイプだと思いますか?
また、数字に厳しいと思いますか?

もし、たみ家が数字で動くタイプなら、うどん屋を開業することはないでしょう。
また、何の得にもならない、経営ネタや地域政策ネタを他人さんに向かって熱心に書くことはないでしょう。

たみ家のような情熱で押し切っていくようなタイプは、数字に甘い。
計算は苦手ではないけど、行動が常に数字に甘くなり勝ち。

そして、ブロガーの多くも、脱サラの多くも、地域活動家の多くも、数字に甘いことでうまくいかず、いくらかのケースは自殺もんに近いような破滅をしている。

もしたみ家が、失敗するとしたら、解説しておかなければ、「数字に強くて厳しい人が失敗。」と解釈するかもしれない。

たぶん、それは違う。

たみ家については
「情熱家で数字のことは多く語るけど、行動が数字に厳しくない人が、数字に甘いことで失敗する。」
というのがより真実に近い話でしょう。

多くの人は、自分が弱いと思うところを意識してたり、それで痛い目に会ったりするから、それについて延々と書くことがある。
だから、そのことを多く語るからといって、それが得意だったり、それに強かったりするとも限らない。

たみ家は、生まれてこの方、数字を重要視して大きな決断をしたことがない。

だからこそ、数字を常に意識してないと痛い目に会う。

情熱で押し切って生きようとするなら、最低限、守りについての知識ぐらいはつけておいた方がいいだろうし、おぜにさんや数字に関心の薄い性格だからこそ、普段から書くことで意識をつけておかないとマズイだろうなあというのが考え方。


香川のうどん屋では、手腕ってのは、技術というよりも人間力だと思う。

人間力のある人は、マズイものをつくらない。

たみ家で、味について欠けてるところがあるとすると、それは技量の不足というよりも、人間力の不足。

人間力のある人は、自分のつくってるものが求められるものと違っていれば、違っていることに気づくし、自分流にこだわらずに変えることができる。

努力すべきところで努力できる。
受け入れがたいことも受け入れる。
相手の立場で考えて行動できる。
明るくて活気を感じさせる人柄である。
コミュニケーション力がある。
などなど
そういうことでしょう。

香川のうどん屋で、人間力を超えるような細密な匠やノウハウで成功したようなところはまずない。


立地と人間力とチーム力と資金力

これでほとんどすべて説明がつくでしょう。

さて、この4者は、それぞれどういう関係を持っているでしょうか?

資金力は、前3者をすべてカバーできます。

人間力は、即ではないけど、他の3者を手に入れる力となります。

立地は、他の3者を呼び込むレールのようなもので、呼び込むにガタガタや摩擦の多い道をするすると引き寄せる力となります。

チーム力は、現場で他3者をダイレクトに使う最も大きな動きをする要素となります。

さて、ここでもう一つ。

たみ家は、合理的な人間でしょうか?

いや、合理的な考え方を他人のためにすることが好きで得意なわけです。

たみ家は県外からの観光客の方のために他店の開店時間や時刻表を調べまくったりしますが、自分が乗るときにはまったく見ません。
「駅に着いて最初のに乗ったらええわ。乗り換えの時間が悪かったら、持ってきた本を待ちながら読んだらええわ。」
ぐらいのもんです。

当ブログも、自分が乗るときは時刻表見ない人が、他人のために時刻表調べたり、観光案内してるようなもんだと思ってます。

合理的な人間は、合理的な考え方を他人に披露したりしないでしょ。

黙って、自分のことをひたすらやるわな。

ただ、優秀な人間にそういう人が多すぎるので世の中がうまくいってないんじゃないかと疑いを持ち始め、優秀かどうかわからんけど、世間で優秀といわれてる人に囲まれながらその行動に釈然としない思いを抱えていたたみ家が、不合理な人間性に従って、このような所業に出ているわけです。

真実は、表には出んもんだなあと思う。

生まれてこの方、人生の重大場面の選択で、数字や合理性に基づいて行動してないなあと思う。

でもそれって、一般的に収入が低くリスクの大きいうどん屋を開業してて、どうやっても自分の得にならんような文章を長年熱心に他人さんに向かって書いてるということで、とってもわかりやすいと思う。
  

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いくら相続ありますか?

2009年11月28日

たみ家は基本的に一定額以上の相続財産は相続税率100%にすることが正しいと考えている。

でも2億円分ぐらいは相続認めてもいいと思っている。
家なんか建物は3千万円で買っても相続する頃には評価は何分の1だし、土地も0.いくらか掛けでしょう。

これに、配偶者や少子化した時代の子どもの数なんか考えて、2億円分以上個人財産の相続を認める必要がどこにありますか?

人口増加と家に財産が蓄積するという制度が前提では長期的には、すべての社会政策は失敗する。

これが、戦争や飢餓や環境破壊の最大の要因の2点である。

さて、あしたさぬきブロガーさんで2億円分相続できる人いますか?

同族会社株や不動産でそういう人はもしかしたらいるかもね。

でも、2億円を超える部分を死んだときに没収したからって、誰一人、庶民を害しますか?
これって、どこが共産主義なの?
生きてる間はいくらあっても個人財産だよ。

これ言うと、金持ちに不利なことはマスメディアには乗らないし、政治も動かないとか言う人がいます。

はあ?何言ってるの?

金持ちの財産解体して、庶民に動くわけだし、死蔵される資産が流動しやすくなるんだから、企業には有利だし、票も視聴率も取れる考え方だよ。
票は利害で動く、いったい香川で何票がそれで損するわけ?
少なく見積もっても、95%以上は得するでしょう。

火をつけて動かすパワーや演出があればそっち方向には動くでしょう。

標準偏差を抑えることが大事。

これで、金持ちは海外に逃げますか?
一部逃げるかもね。

でも、北欧の社会保障と税金が70%を超える国の国力は落ちたり、海外に人が逃げまくったりしてますかねえ?

ただ、日本の場合は、65歳以上で働かないまたは働けない人が世界史上類例を見ないほどの比率になって足かせになったり、教育の基盤が弛んできてるので、そこは問題かなあ。

2億といわず、1億以上の相続税率は100%という仮定でもいいや。

ブロガーさんで誰か損する人いますか?

国に家なんか取られたりするのはあり得んよ。

消費を刺激して、格差を少なくして、社会全体の安全や価値を上げる方法の一つはそれじゃないの?

これやってたら、穴吹さんも倒れなかったかもね。
この問題での雇用の不安も出なかったかもね。

できん話じゃあない。
庶民の努力不足。

限られた資源を一部の家が使いもしないのに溜め込んだら、使う総量が増えて環境にも悪いでしょ。

家に財産を溜め込むという発想がこの世で最も大きな問題をもたらすものの一つでしょう。
昔はともかく、66億人が住んでる現代ではそう。

よく長期のバカンスとかゆとりある余生とかヨーロッパで発生したようものに憧れる人がいますが、それはヨーロッパの人が植民地から不労所得を得てたからです。
または、富裕層が庶民から搾取してたからです。
誰かから不労所得を得ずに、長期に働かずに生きるなんて、制度的には無理。

飢餓の国の子どもを踏み台にして、無償で義務教育を受けられる国の子どもがいる、でもそれを日本人が否定することはできない。。。でしょ?

構造によって、できることや正しいことが規定されていく。

相続税率100%はエコ!

賛同の声や気概がある反論もそうでもない反論も常に大歓迎です。
  

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数日分いろいろ

2009年11月27日

四国のあかり展最終日から更新できてない。
いろいろあり過ぎた。

光の切り絵はすごかったなあ。
特に夜行った人は、500円で入って損したと思う人はいなかったと思う。

最終日の18:30頃に店を急いで片付けて行ったけど、閉園も近いというのに四国村の駐車場はいっぱいだった。

コランダーくんとこでちょっとした小物を買った。
うどん屋で空いてるときに、お客さんに見せて驚かせている。
あれは広めたいと思った。

ゆっこさんの元気さは予想を超えていた。
アロバーさんのコーヒーは違いの分からんたみ家でも違うと思った。
深くて強いような気がした。

セレンディピティーとは言ったもので、タダノ社の従業員のモアイファンの方とも会ったし

閉園直後、るいままさんからの思いがけない誘いから、「獅子舞王国さぬき 2009」のプロデューサー的な方ともお会いした。

もしかしたら、ハンドメイドモアイや石あかりモアイを自らつくって広めようという人も現れたりするかもしれない。

モアイ携帯ストラップつくってもらって買ったらいくらだろう?
モアイ箸置きだったら、10個以上買うなあ。

経験的にはたぶん現れるなあ。
でも専門でそれに関わって動いてないから、ときには2年とかかかるかもなあ。
何もたみ家個人のためにやるわけでもない。
2年は無駄に長いな。

「モアイうどん」の線のご助言を何人かの方にいただいてますが、現時点のたみ家の視野では、性質的にマッチしにくいと思っている。
守り神としての意味や国際貢献の由来の込めようがわからないし、モアイの形状を活かすイメージが湧かない。

経年で保存が効くものや、箱詰めして流通するものでないと、目的は達しがたいというのがたみ家の直感。
今のところ、讃岐うどんにミスマッチ的なものを合わせて長期に成功した例はない。

銘菓、石あかり、携帯ストラップ、キーホルダー、箸置き、Tシャツのような物がマッチするというのが直感。
このようなものは香川県に従来からある同種のお土産やアクセサリーなどの既存の物と競争して勝ちやすいと思う。



穴吹さんの話は衝撃的だった。
再生を強く願う。
メセナ事業に熱心な穴吹さんは、景観問題などで批判もあるが、ある意味たみ家にとって戦友的な存在とも思えた。



歴史教科書が2冊目のもうちょっと詳しい受験範囲のとこに入った。
たみ家は本読むの速いんだけど、あえて、1Pの内容について3回平均ぐらい調べながら進むことで、前の教科書はたった200ページ分を半年以上かけて読んだ。

さてさて、氷河期は約1万年前に終わりました。

どこも氷なら文化も大きくは変わらないけど、氷が融けだすと、地域の差が大きく現れるようになり、その土地土地で工夫をしないと生きていけなくなった。

また、温暖化すると、えさも増えるし、それによって出生が増え、当然人口も増える。

でもときどきえさが減ることだってありますよね。
増えた人間はえさが少ない時期だってずっと生きていかないといけませんよね。
すると、略奪・戦争や農耕が必要になってくる。

いい変化がいいとは限らず、いい変化が破滅の理由になることが多い。
今般の倒産劇だけでなく、多くの変化に同じような意味合いがある。

氷が1万年前に融けて、約9千年前に、増えた人口を何とかするために、西アジアで麦の栽培が始まり、ヤギ、羊、牛の飼育など牧畜・酪農が形成されていく。

打製石器時代の狩猟による獲得経済から生産経済への変化であり、灌漑など自然に働きかけて改変させる必要性から、学問が発生していく。

1万年前の氷河期の終焉が、人類に文明発展と地球環境破壊の第一歩を歩ませたとも言える。

奴隷も戦争もグローバリズムも汚職も原発もITもこのラインの延長上の正負と考えられる。
  

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ハイリスクハイリターン

2009年11月23日

前も書きましたが、金融や投資でハイリスクハイリターンというとき

リスクとリターンは反対言葉ではありません。

リターンはプラスですが

リスクは、変化の大きさのことで、プラスもマイナスも含めて変化が大きいことをハイリスクと言います。

リスクとは変化であり、通常、標準偏差で表します。

損することをリスクと考えるのは完全な間違いで、バッテンです。

数学的に変化は悪であることが完全に証明されているというのもあります。

だから、シャープレシオとかシャープの測度という言葉がFP2級レベルでも出てきますね。

シャープレシオ=(実績収益率-無リスク資産の利率)/投資対象の標準偏差
として、運用成果の変化の大きさである標準偏差が分母になって、投資対象のパフォーマンス評価をします。

変化が投資対象のパフォーマンス評価の分母になるということは、変化が投資のパフォーマンスを原理的に減じるということです。


さて
お勉強の知識を世の中を丸ごと見ようとした関係から捉えなおしてみましょう。

生まれてきたことを投資としますよね。

生まれてきて、どれだけ幸せになるか、豊かになるか。
それを運用成果になぞらえてみましょう。

幸せの方が、客観性が難しいので、資源やおぜにさんを中心とした豊かさで考えるとしましょう。

貧富の差が大きい社会は、生まれてきて、変化が大きいということだから、ハイリスク環境で生活する権利という金融商品を手に入れたようなものです。

通常、変化が大きい投資対象は期待利回りが大きくないと手を出しませんよね。
または余裕資金からじゃないと手をつけませんよね。

つまり同じ総財貨、総生産なら、貧富の差が大きい社会は、ハイリスクだから貧富の差が小さい社会よりも、そこで生きる権利という投資商品の価値は低いということです。

つまりGDP(国内総生産)やNI(国民所得)などの経済指標は、金融商品の利回りの評価するときと同じように、貧富のバラツキで除してやらんといかんわけです。
でないと、日本という国の豊かさを国民の尺度で捉えたことにならんのです。

金融商品のリスク評価は投資家であるおぜにさん持ちのためだからマジメにやる。
でも、おぜにさん持ちや権力者にとっては、庶民の暮らしは自分にはね返ってこない限り無関心。
だから、国のGDPやNIを個人の生産や所得の標準偏差で除して捉えなおした数字こそ重要指標とするという、投資でやってる当たり前のことをやらない。

1人当りGDPではいかんのです。
それでは、5人の年収が、1億円、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロでも平均が2000万円だから実態を表しません。
標準偏差で除して補正しないと国民の豊かさの実態は測れないでしょう。
全体が半分でも5人が1千万の社会の方が豊かそうに思いませんか?

ジニ係数なんかをGDPなんかと独立した指標として、ときどき着目するというのではいかんのです。

いずれにせよ単純平均という幻想しか生まない計算から脱却しないと。

ただ、全体が成長することはバラツキが生まれやすい環境の方が起こりやすい面も従来無かったとはいえない。
これは、今後、留意していくべきことでしょう。

また、ハイリスク商品である社会で生きるには、ハイリスク金融商品には余裕資金での投資じゃないとキツイように、余裕を持った家庭に生まれ落ちてくるか、能力的に優れた才能も持って生まれてこないと、生きることがキツイと言えそうです。

当たり前のことを言ってるわけですが
いっぺん、こういう見方を確認することで

社会全体・丸ごとのあり様について、いろいろ考えるスタートのポジションを獲得することになると思います。
  

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男にあって女にないものな~んだ!?

2009年11月22日

4字のものです。


答えは

発音で4字の名前

って、4字というより、4字以上だけど、もちろんハンドルネームじゃなくて本名で

「キョウコ」は文字だと4字だけどこれは発音では3字の扱い

男だと
ソウイチロウとか上はいくらでもあるけど、女では、1字も無いので、2字か3字しかない。


四国学院大学さんのインタレストで、男性と女性の名前のバリエーションについて、言及してたけど、その違いの理由が2点書いてあったけど、ここは外したらいかんところで、最大級のものでしょう。

さて
4字以上がないことには、昔から気づいていたが、なぜ?については今日初めて、というか2時間ほど前にインタレストを読んでから考え出した。

たみ家は未だに会ったことも見たこともないけど、例外はあるだろうか?

まるで法律で禁止でもされてるが如くないでしょう。
誰かがどっかの時代に禁じた?
う~ん謎。


むしろ、まだ法律で禁止されてることの方が例外が多くないですか?
4字以上の女性の名前よりは、スピード違反のもみ消しとかの方がたぶん多いぞ。

もし、探してでも例外あったら教えてください。

あっ?
「ひきた てんこう」

って本名?

まあ、やっぱり探したらけっこうあるかな。
「いしかわのいらつめ」
って、あれも本名?

「郎女」と書いて「いらつめ」とは。。。

伊勢物語に
「高子」と書いて「たかいこ」ってあったか。

がんばったのでは
「かおるこ」「きさらぎ」「むらさき」「しののめ」とかはあるかな。
まあ、禁止はされてないからがんばった親はつけるか。
最近なら「さくらこ」とかありそう。
芸名だと思うけど、「ほうしょう さくらこ」ってのはあったように思う。

大昔では大河ドラマでも
「涼子」とか「明子」と書いて「あきらこ」みたいなのがあったような。

まあ、普通には無いと言っても間違いでないぐらい無いでしょう。
これなら、スピード違反もみ消しの方が多いでしょう。

決定的な理由ではないけど、社会的・歴史的な構造として、女性に4字以上の名前が極端に少ない理由はこれかなあと思い浮かぶ事情はあるにはある。

似たような意味合いの話は、古代ローマでもある。

もうちょっと決定的な証拠らしきものが出てきたら書こうと思う。


横道ですが
日本の姓は、中国や韓国よりも遥かにパターンが多いってのは聞きますよね。

これは、記憶ちょっとぼんやりですが、菅原道真のちょっと後にできた延喜式で
全国の地名は漢字2文字だったか2文字以上にして、1文字でつけるなというお達しが出たので

後々、全国で地名などから派生した姓ができていくにしたがって、ほとんどが漢字2文字以上になったということだったと思う。

それで、組み合わせが無限にできて、漢字1文字の中国や韓国よりもバリエーション豊富というのはわかりやすい理由の一つでしょう。
  

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老眼がひどい

2009年11月22日

今日、店の前で女性3人組と話していると、常日頃、老眼だと思っていた某が

小さい声で、こっそりと

「たみ家さん、若い娘相手に鼻の下伸びてますよ。」
と不本意なことを言う。

「すまんけど、笑顔でお話するのは誰とでもで、女性だからとかいうのはない。」

ほんとにこの人の老眼はひどい。
見たまんま物事を判断するのは危険だ。

後で、言っておかないと

「あの~、たみ家が笑顔でお話するのはいっつもです。あの3人で一番若い人でも60歳過ぎとるよ。」
  

Posted by たみ家 at 20:34Comments(0)TrackBack(0)

美人なのに

2009年11月22日

たみ家は、空いてるときに、明らかに県外の方と思われる方が来られると
たいがい
「今日はどちらからですか?」
とか尋ねる。

14:00頃、20歳ちょっとぐらいのまあ美人3人組といって間違いなさそうグループの方が。

四国のあかり展に誘導しようと

例のチラシを持って
「これ、うちの知り合いが熱心にやってる分で、評判ええらしいんですよ~県外からですかあ?」と渡す。

「大阪からです。」

「今日は日帰りですか、屋島にあるんで、帰りの方向にちょうどいいですよ。学生さんですか?」

「はい」

「何年生ですか?」

「3年です。」

「そうですか、インテリアとかどうですか?こっちは石の芸術が有名なんです。学部は芸術とかじゃないんですか。」

「外国語です。」

「ええ?外国語って答えは、珍しいですねえ。ちょっと当てますね。イタリア語ですか?」

「英語です。」

「へえっ。英語の勉強する人は何になる人が多いんですか?英語の先生とか志望の人多いんですか?」

「英語の先生もいますが、CAとかもいます。普通の会社にいく人が一番多いですよ。」

「なるほど~そうですか。実際に、英語そのものを使う仕事って多くはないですからねえ。バブル期みたいに日本の企業の海外展開も多くはないし。バブルの時代って、飲み屋で何の記念日でもないのに、30万円の札束を店の女の子に余ったからあげるといって渡す人や、たばこ買いに行った御礼に10万円とか渡す人がほんとにけっこういたんですよ。」

「ええっ!!ほんとですかあ!?」

「ほんとほんと、あの頃は日本が世界征服でもするんじゃないかってぐらいの勢いがありました。10代向けの雑誌にもクリスマスデートにホテルに20万、プレゼントに20万、ディナーに5万は使ってください。カノジョが20歳の誕生日にはゴールド、21歳の誕生日にはプラチナのリングを贈るのが礼儀ですとか書いてあって、当時、高校生だったわたくし、月のこづかい3000円だったんで、焦ったよ。」

「すご~い。」

「ところで、みなさんは、サークルとか入ってないんですか?」

「わたしだけ、陸上部です。あとは入ってません。」

「へえ!すごいですね。がんばってるんですね。」

「でもマネージャーなんです。」

「マネージャーもなかなかたいへんじゃないですか。マネージャーとかやってたらモテるでしょ。」

「いや、全然モテないですよ。」

「そんなこと言っても、なかなか信じてもらえないでしょ。」

「いや、マネージャーはモテると思って、そういう恋愛を期待して入ったんですけど、それがサッパリ。」

「恋愛体質って、そういう言葉を聞きますが、カレシが切れないタイプっているらしいですね。そこそこ魅力があって、間口が広い。お嬢さんは、間口狭いんですか?カッコよくないと許せないとか。」

「そうなんです。間口狭いです。かなり条件厳しいかも。」

他の2人からも
「あんたは狭い狭い。」

「陸上部30人いたとしたら、30人がカッコよかったらいいですねえ。カッコいい人は何人ぐらいいるんですか?」

「30人いたら、3人か4人ですね。いや4人はいないな。でもね。その中でカノジョがいないってのが少ないんです。カッコいい人でカノジョいない人少ないですよ。」

「なるほど~魅力があっても間口が狭いとたいへんですねえ。30人に1人、いや50人に1人の倍率だったら、なかなかタイミングが難しいかもねえ。」

「そうなんですよ。もうそんな自分を改めないといけないかなあと思ってるんです。ここ3人みんな間口狭いんです。」

「はあ、そうなんですかあ。でも改めるって、まだ20歳でしょ。まだ全然大丈夫でしょ。タイミングだけでしょ。あと、う~ん。周りにカッコいい人が少ないのが良くないんですね。」

「そうなんですよ。あはははは。って、他人のせいにしとるし。」

「ご就職でも、恋愛でもぱ~っと花開かせてください。で、帰りはあかり展ぜひ寄ってみて下さいね。」

「はい。がんばります。あかり展も行きます。」


たみ家のブログの情報源は、この手の県外客からのインタビューの比率が、2割ぐらいあります。
連休は、観光客案内を兼ねて、平均、2~3件のインタビューが行われます。
  

Posted by たみ家 at 07:50Comments(2)TrackBack(0)

ご支援

2009年11月21日

昨日、四国学院大学さんのインタレスト3号分が店に送られてきました。

香川で出ているものなのに、初めて目にするお名前の方から、なんと名古屋から。

当ブログを通じて、交流ができた方からでした。

ご支援ありがとうございます。
  

Posted by たみ家 at 09:07Comments(2)TrackBack(0)

スカーフが法律で禁止?

2009年11月18日

例の高校世界史の教科書 P204のネタですが
これって、日本でもたぶんニュースになったと思うんですが、全然記憶にない。

2004年フランスで、スカーフを着用して登校したという理由で、43人の公立校生徒が強制退学させられた。

これはフランスが宗教シンボル禁止法を制定したことと関連する。
この法律は政治と宗教を分離させるフランスの原則にしたがい、公立小中高校の校内や関連行事で、個人の宗教を強調する物や服装を禁じたものである。

ムスリム女性のスカーフやユダヤ教の男性の帽子(キッパ)、キリスト教の大きな十字架などが対象になる。

法律が制定された新学期には、639人のムスリムの女生徒がスカーフを着用して登校した。
うち、学校の説得で538人がスカーフをしないことに同意したが、一部生徒はスカーフ着用が許される私立学校に転向し、残りの生徒は退学となった。


フランスの政教分離は、王を神の代理人とした絶対君主を倒したフランス革命にまでさかのぼる。
国民の人権を宗教と切り離すことを厳格に考えて規定する。

公立学校が、宗教にとらわれない共和国の理念を体現する特別な場所と考えられていることも、フランスの特徴である。
ただし、排除されるのは公の場のみで、個人の信教の自由は保障されている。

EUの経済成長を背景に、フランスだけでなくヨーロッパ全体にさまざまな信仰をもつ移民が増えている。フランスでは信仰される宗教の90%がカトリックだが、イスラームは8%で2番目に多い。

こうした状況からフランス国内でも「スカーフは宗教の勧誘行為にあたる」という意見の一方、「個人の自由を尊重すべき」という意見もある。「公教育から生徒を排除する手法がかえって過激派を育成する」という懸念もある。

政教分離をどのように行っていくか、議論はまだ続いている。



政教分離も、自由主義の民主国家といわれる日本とフランスでも、ずいぶん違う。
これはよくいう、勝ち取った権利か、与えられた権利かみたいな話なの?

少子高齢化による労働力不足から移民を増やせば、日本でもこのような議論が出ますかねえ。

確かに、「素肌を見せるのは良くないから、公共プールを男女別にせよ」とか特定の宗教から際限なく要求が出ることは難しいこと。

たみ家が、英語の学習を勧める理由の一つは、こういうことに関心を持ちやすくなること。
というのは、英語の聞き取りの教材では、こういうタイプのニュースが題材になることがとても多い。
  

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それは大差なの?

2009年11月17日

ちょっと前に
開業医と勤務医の平均収入の差が1.8倍で、この格差を是正する必要があると政府も考えているとか新聞に出てたと思う。

1.8倍は大差なの?

開業医は億円レベルの設備投資を負担するがな。

それに、開業医って社長みたいなもんでしょ。
勤務医って、従業員でしょ。

社長の平均と従業員の平均で、1.8倍しかないのか。
医者の世界は、一部で問題はあるでしょうけど、比較的平等ってことではないのでしょうか?


こないだ、どこかのブロガーの方が「労働の消費カロリーに比例した収入が平等で正しい。」みたいに書いてて唖然とした。

それだと教育に投資されないでしょ。

就職までに3千万円投資されて教育受けた人と、中学からバイクぶんぶん乗り回して勉強しなかった人が後で平等だと、日本では誰も安全に生存できないぐらい貧困と飢餓が蔓延して、高齢者医療も生活衛生も警察活動も防災活動もすべて機能がめちゃくちゃになるでしょうね。
  

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1対5でも勝てますか?

2009年11月16日

将棋は弱い人が何人よっても、高段者1人に勝てない。

医者の資格がないと、100人医療の知識がない人が寄っても、手術も診察もできない。

コンピューターのこともそう。


荷物運びは、力持ちで要領がいい人でも、1対5で勝てる人はまずいない。


実力があれば1対5でも勝てる仕事が、生産性が高くて高賃金労働につながりやすく、
単純に人数が成果に表れやすいものが、生産性が低くて低賃金労働。
当然、機械や低所得国からの移民労働などに取って代わられやすいし、都合で辞めさせられやすい。


うどん屋はどうか

工夫のない店は、当然、後者

どんなことでもそう。
原則は、1対5でも勝てるようにならないと、生活を約束する仕事にならない。
そうでなければ、起きてる時間全体で長時間労働を経営者がして、質素な生活で長年しのぎ続けることになる。

職人の作業なんか
水準が低ければ、内職
高ければ、人間国宝とか認められた芸術家

絵を描くことなんか、何十億円の財産になるか落書きかとまで描く人によって評価が違う。

1対5で勝つには、まずどんな場合でも、頭の要素が大きくなる。

すでに、日本は昔から、低開発国の5倍以上の賃金を取っている。

頭のいいはずのコンサルタントも銀行員もなかなか、とっかかりなく自営をしても、基盤のないとこから軌道に乗せるのは難しい。

途中までは、厳然と、
店に立ち続ける。
帳簿をつける。
買い物に行く。
など、優秀でやる気がある人でも、単純に1対2で勝ちがたい作業の時間の比率が多く、体力勝負や精神的な忍耐勝負をすることになる。

だったら、組織にとどまり続けるか
前職や経歴を活かして、はじめから1対5でも勝てる知識や経験や人脈を活かして、高いところからスタートできるようにすることになる。

飲食店など人海戦術的な低付加価値産業、とくに飲食同士でも割烹よりもうどん家はそう。
労働集約産業の典型では。
多くの場合、学歴のある頭のいいといわれるコンサルタントよりも、学歴はそうでなくても人情味あふれて他者に配慮できる働き者が勝つ。
とくに、勝間和代さんなんかも著書で書くように、うどん屋なら年360日夜明け前に起きる人がいい。

(まあ、お勉強できる人が30年以上、年360日夜明け前に起きて仕事する根性あったら、たいていのものになれて、儲かってるうどん屋よりも成功すると思いますがね。)

逆説的に、低付加価値だからこそ、うまくいき始めると、低賃金で人を集めて割烹ではあり得ない圧倒的な集客数が可能になる。

自前でシステムをつくり始める段階では、人をつないで大規模なところとの人数の差の不利を埋めることが、現場で少々工夫することよりも大事なことが多い。

某ブロガーさんが

うどん創り、店創り、人創り
って書いてますが

これは極意だと思います。

うどん創りしか関心の無い人とか
立地で失敗するとか

では、3つ揃いません。

また、あくまで家族でやって、人を入れないのなら、ちゃんとしたとこの退職金を超える貯金など並みたいていでないので、老いてまで休みなしで、長時間労働をやり続けることになる可能性が高くなる。

一度に3つ上手くいかなくても、いつかは、3つやらないと人生トータルではうまくいかないんでしょうね。

これが3つやれる人には、並の人が5人寄っても敵わないでしょう。

単純労働と比べて、または、同業者と比べて、1対5でも勝てる仕事か、またそうなれそうか?
ということは、考えてみたらいいと思う。

これも某ブロガーさんが書いてますが
楽しくてしょうがない。
野球少年によく言うらしいイチローさんの言葉だと
「それが野球でなくてもいいから、好きで好きで、それ以外の何もしたくないと思うほど好きなことを探しなさい。」

これは、1対5でも勝てるための要素になる可能性は高いでしょうね。

ロッキーの藤田さんの言葉だと
仕事は、78%が趣味の気持ちだから、仕事以外でも仕事のことを考えるのが好きだし苦にならない。

孫正義さんも
仕事よりもおもしろいことなどあり得ない。仕事は元気の源。

1対5でも対抗できるって事は、大規模店の機械力や多人数の低賃金労働やそれがもたらす低価格につぶされないための条件。

1対5で勝てる見込みがまったくない仕事をしているのなら、格差是正のために政府に賃金制度に規制かけてもらってたり、大きな政府で大きく再配分してもらう必要がありそうですねえ。

さて、誰が何をすべきなんでしょうか?
政府?教師?国民?政治家?
  

Posted by たみ家 at 09:13Comments(0)TrackBack(0)

あらためて

2009年11月14日

去年の12月のニュースですが
こういう話を末尾の山田さんと同じような思いで、語り継ぐ手段をつくりたいわけです。
その上、上向き外向き前向きなところが香川の人を元気付けそうだし。

香川県デザイン協会さんのサイトより 山田和弘さんの作品が
http://www.kagawadesign.com/designers_list/fine/fine_12065.html

識者集めモアイ像修復…タダノ元社長・多田野久さん
11月10日、76歳で死去

 太平洋上に浮かぶイースター島の周囲には島らしい島がほとんどなく、「絶海の孤島」と呼ぶにふさわしい。成田からタヒチへ11時間、さらに5時間半。こんな遠い島の遺跡にどうしてクレーン製造・販売会社の社長が興味を抱くようになったのか。

 1988年、社員がテレビの特集で無残に倒れたモアイ像を見た。「クレーンさえあれば修復作業ができるのに」と嘆く現地の住民。と、そんな話を耳にした多田野氏がいった。

 「クレーンが必要なら、あげればいい」

 最初は軽いノリだったのだろう。ところが相手は島そのものが世界遺産だ。いくらボランティアだからといっても、日本の一企業という立場では簡単に入り込めない。

 モアイ像修復プロジェクトに参加した高松市の彫刻家、山田和弘さんは「普通なら引き下がるのに多田野さんは違った。一企業がダメなら文化事業にしようと、有識者を集めたプロジェクトチームを立ち上げてしまった。『クレーンが売れるのは皆さまのおかげだ』と早くから企業メセナ活動に取り組んできた多田野さんならではの行動」と振り返る。

 91年から始まったプロジェクトでは10体以上の完全修復に成功した。港湾設備のない島にクレーンを搬入する際にはチリ海軍の協力を仰ぎ、修復に先立って綿密な考古学調査を行うなど、プロジェクトは数々の苦労を乗り越えて遂行された。

 事業を記念して高松市の女木島には山田さんが手がけたモアイ像が1体立てられた。

 山田さんは「テレビなどで取り上げてくれるのはありがたいが、バラエティー番組ばかりで…。世界の文化を守るという多田野さんの思いを伝えるためにも、ぜひしっかりした形で紹介していただきたいものです」と訴えている。
  

Posted by たみ家 at 20:29Comments(2)TrackBack(0)

四国新聞に苦言

2009年11月14日

13日の四国新聞の1面に「県調査 県人口65歳以上 25%突破」との記事があった。

そこには、男女構成が書いてなかった。
たみ家は、これを大いに問題視して、県広報と四国新聞報道部におおむね下のような苦言を呈した。


25%強に占める男女の数は、県からの提出データにあっただろう。
それを新聞社が割愛したのだと思うが

男女の構成など1行か2行で済む。
記事の囲みの枠には、それを書ける余白は確実にあった。

評判悪かった後期高齢者医療制度にしても、65歳から75歳まで達する人は、平均寿命から考えて、女性が8割方でしょう。
つまり男女比は社会政策に大いに関係あるでしょう。

まして、男女雇用機会均等法などなかった頃の女性は就労経験も少なく、自前の年金もほとんど持ってないでしょう。

福祉や医療制度や配偶者控除のあり方など幅広く政策を考えるときに、何年どれだけの資産を持ってどれだけ消費して生きるかが一番大事なわけで

大雑把に言って、65歳から、資産を持たずに20年生きる女性と、資産を持ってる人が多くて10年生きる男性では、まったく社会政策や行財政に与えるインパクトが違ってくるわけです。

新聞の記事って、ただ数字を言えばいいわけじゃないでしょう。

今の世の中の課題は何か、そして、それはどういう風に向かっていくのか、そのために何が必要になってくるのか、そういうことを考えさせる意味を持つデータを与えないと新聞って、意味ないでしょ。

男女構成を割愛したのは、関係者の政策的な問題意識の欠如、視野・センスへの疑問を感じさせる。
男女構成が一番大事な情報で、もし、この情報が要らないなら、この記事そのものが要らない。


一番は、たぶん記者側の問題だろう。
県も普段から何が重要な数字なのか把握してれば、たぶん、記者が自然に拾うデータの出し方にしてたんじゃあないだろうか。

人口×生きる年数という意味で言うと、国内も当然ですが、県内ではもっと早く、女性が男性を圧倒するようになる。
そして、出費というのは、人数だけでなく、掛ける生きる期間にもよる。

前も書いたように、日本は女性がはっきり多数を占める国になって、女性の責任が大きくなる。
そして、妊娠・出産をしたうえで、その上、年金財源も乏しくなる中、責任も大きくなって、自前で蓄え自前で稼がないといけなくなる意味が大きくなるなら、たいへんなことだ。
しかし、不公平でも、厳然とそれは「訪れる未来」であることを人口動態の構造が予見させる。

だからこそ、市議会、県議会、国会その他審議会等における女性の議員や委員の比率を大きくして、女性特有の問題や子育てや社会進出に関する議論のウェイトを女性の責任で大きくしていかなくてはならない。
妊娠や出産など生理的に負担が大きいのであれば、保育所や給与制度や休暇制度、企業や大学や地域社会の保育機能をどうしていくかなど、構造から明らかになることで、男性の協力や企業の譲歩などを求めるに当たって、国民全体が納得しやすい議論になっていく。

また、身体機能が衰え、老眼なども多い中で、65歳過ぎても蓄え持ってたり、働かないといけないなら、女性の賃金が男性に比べて著しく低い給与体系やそこにいくまでの教育の意味を見直さないといけないし、65歳過ぎて、老眼でもパソコンを使ってネットでそれなりに生産性のある仕事ができるように、何か、すぐに見えなくても、社会が責任持って探しださないといけなくなるだろう。

パソコンやブロードバンドの普及やSOHOなども、この辺りの備えとも関わってきます。
従来、このような視点からITが超高齢化社会の備えとして議論されたことはほとんどなかった。

地域の保育機能と介護機能など諸々の福祉機能の問題を抱き合わせて、地方で定住を促進することで解消に向かう道があるなら、地方分権のもろもろの施策や企業への税制や住宅ローンのあり方なども関係してくるでしょう。

もう、私達のうちの多くが生きてる間に、65歳以上の女性だけで県内の人口の30%ぐらいになるだろう。
そうなったときに、15%にもまったく届かない学齢人口以下をいくら教育して、先端産業が花開いたとしても、税収も社会保障もどうにかならないでしょう。

自分で稼ぐか、蓄えるか、ダンナか子どもか政府の再配分機能などを通して富裕層や大企業に払わせるしかないわけです。
しかし、今後は、ダンナの給料は細るし、社会保障などの負担率が上がれば子どもも自分ら世代で精一杯です。
そして、政府の再配分機能も当然、高齢者が増えれば落ちていきます。

すると、社会政策上は、どれだけおぜにさん持って、どれだけ消費して、何年生きるかが最も大事で、それに備えて、出産・子育てや諸般の共同参画などに関わる政策を整えていかんとマズイわけです。
些末なところでは、公共施設つくるなら、女性のトイレの方が数がよっけいるぞみたいな話もあるかもね。

つまり、男女構成を書くことで、はじめて、1面の記事は、世の中を考えるために構造から出発した意味ある記事になっていく可能性を持つわけです。

ええ大学出て、そこそこ給料もらって、それを考える地位にありながら、問題意識が足りないというか、注意を払ってないというか、思考のトレーニング積んでないというのはそういうことなんよ。
  

Posted by たみ家 at 01:04Comments(2)TrackBack(0)

小麦粉の価格改定から考えて

2009年11月13日

この月末ぐらいに、うちにも小麦粉の値下げが来るなあ。

で、計算したら、当店の支出100万円分に対する比率として、3000円程度であることがわかりました。
約0.3%です。
小麦粉自体は、よそは知りませんが、仕入れ値で、うちで4%ぐらい下がります。
小麦粉代は当店の支出の15分の1ぐらいです。
7%弱です。

つまり、0.07×0.04=
で、だいたい1000分の3です。

つまり、かけうどん一玉の売価190円に対して、コストダウンは、0.5か0.6円ぐらいです。

家賃や人件費や玉売り中心か飲食中心かなどにより、最大のところでは、2円近くまでダウンするところは、あるかもしれません。
まあ、2円までいくところは、いくら昔からの純家業の製麺所でも微妙だと思うけど

2円いけば、原価率が20%以下の玉売りメインで、冷暖房も客席も家賃も給与払いもない店なら。。。。。それでも出汁が玉より値段倍はするから、飲食店部分のかけうどんを10円下げるのは合わんなあ。
それに、そこまで牧歌的な経営の製麺所なら、そこが値下げしても周辺市場には影響はないでしょう。

飲食中心で平成以後に開業なら、いかに、家族労働が多くても、家賃なしでも、かけ1玉一杯の価格に対して、今回の小麦粉値下げの影響は1円ぐらいのものでしょう。

高松で最大級の集客力の個人店、まあ法人化はしてるかもしれませんが、一見外観そう見えるところとして
はなまるさん以外は、個人店もチェーン店も一般的に価格は10円単位として、最少の10円でも下げたら、ほぼ3営業日で、1か月分の小麦粉の値下げ分の売上減が発生するでしょう。

これで、県内に800店うどん屋があるとして、一店でも値下げするところがあるとしたら
それは、コストに対応してないことははっきりしてるので

小麦粉の値下げ分以上に、大きくマイナスかぶっても、値下げのニュースや新聞記事のインパクトを利用して、それに乗って値下げして、集客戦略をとる、つまり、意図しなくても、財務体質などの強みを生かして、弱いところをつぶしにかかるということです。
集客は、必ず誰かのお客さんを奪うことです。
服なら自店も魅力があれば、1着買うのを3着買うってあるかもしれませんが、昼飯のハシゴってないですから、奪うことでしか増やすことはあり得ません。
そして、弱いところから先に奪われることが一般的です。

弱いということは恐ろしいことです。

小麦粉の値が上がることも脅威
下がることも脅威

一般的にはプラスでも、個別に、体力のある自店の競合店が「不況などで雇用者数が減って、客数も落ちてるし、この値下げを生かして、客単の粗利よりも客数を狙う。」という戦略に出れば、一発でつぶされかねません。

また、小さい店で、夫婦と幼子1人の家族が細々とやっと食べられるという店が、10円値下げして、仮に22万円の税引き前の総月収を18万円にしたら、細々どころか、賃貸住宅に住んだり、住宅ローンや車のローンでも持ってたらたいへんなことになるでしょう。
質素な生活をするので、均衡してる限りはいいんですが、パイが小さいので、減少で均衡が崩れたときにクッションがなく、借金に直結しやすい。
また、店を長時間して、さらに夜夫婦でバイトやパートして、50代までに健康を害するというパターンも多い。

脱サラの人は得てして持ってること多いでしょう。
勤め時代だからできたというローンを継続してるってことが。

弱かったり、変化に対抗する力がなければ

小麦粉の値上でもつぶれ
値下げでもつぶれる

ということが起こりかねんのです。

こういうことが給与所得者の人には、なかなか見えんのです。

つまり、変化はすべて悪が原則で

強い者や、それを良くする努力を働かせる者だけが、例外的に悪を良に変えられるわけです。

で、普通誰でも、良くしようとはしますよね。

だから、普通は、良い変化は良くなるという当たり前のことが起こります。

ただ、個別に、体力のある競合店がちょっと気まぐれに、イレギュラーな戦略を取ってくると、一撃のもとに良いはずの変化のときに沈められかねません。

そうそう無いと思うけど、全県でごく稀に、交通事故的に、そういう事情で廃業する店が出るかも。
マクドナルドがアメリカで1ドル朝食を展開するぐらいだから、値下げが近隣で起これば、マネできんところが沈むというのはあり得ん話ではない。
ユニクロさんのような強者が、原材料価格が下がるのを機に一気に、超低コスト企画を実現させれば、業界全体がやっつけられるというのは、ジーンズの話から想像がつくでしょう。

安定も成長もないこれからの時代。
やっと食べられるという店は必ず、つぶれるというのは
いい変化でもつぶれかねなくて、その程度の変化は、毎年数回~10回以上起こるからです。
数年に1回でなく、1年に数回以上です。

10年で何十回、ほとんどは杞憂に終わります。
ところが、弱いところは、何十回もすべて杞憂に終わらせることはできません。
どっかで引っかかってこけます。

裸足なら、野生化してなければ、ヤンキーが道にストレス解消で投げつけて破壊したガラスの破片踏んでも、「ええっ!何でこんなところに?」と大怪我しかねません。
強い皮膚持ってるか、靴履いてるかしてないと、破傷風から死に至りかねません。

ある意味開業は

高いところから飛び降りて、その後長年、それよりは低い1mぐらいのところから毎日飛び降り続けるような作業

家賃や立地や労働力構成や借金の有無などにより、最初が3階から飛ぶのか、2階から飛ぶのか、1階の窓から飛ぶのか、下は土なのか芝なのかアスファルトなのか、事前にマット敷けるか、その後毎日1mぐらいだけど、コンクリートに65歳までずっと飛び降り続けられるか、それが1.5mか50センチか下はでこぼこで着地が不安定だったりしないか。
たまには、下にビンとか放り投げる人がいるかもしれないから、注意して飛ばないといかん日もあるとか。

たった1m飛ぶなんて、難無いよ。
でも、65歳までコンクリートに毎日だと不安ない?
しかもときどき、危険なものが転がってたりして
それだと、これが80cmか1.2mかはものすごい大差だと思わない?
事前の準備で10cmでも下げられるなら絶対に下げときなよ。

窪塚クンが、9階22mから飛び降りてもまだ俳優やってるから3階ぐらい余裕だよとか、それは常識じゃないっすよ。
  

Posted by たみ家 at 22:10Comments(4)TrackBack(0)

偶然じゃないし

2009年11月13日

毎月13日は必ずくる。

金曜日は7分の1。

もし、そういうことで、13日の金曜日に生まれたことや生まれた子を不吉に思ったり。。。

そんなことがこの世界にたったの1件でもあったら

くだらないことだし

くだらないことですまない嘆かわしいことだと思う。
  

Posted by たみ家 at 20:18Comments(0)TrackBack(0)

30年前

2009年11月12日

強引に要約

第二次大戦後、イスラエルとアラブが4次に渡る戦争して、アラブ1948年から1973年までの4回ほぼやられっぱなし

許せんと

アラブ諸国は、イスラエルに味方する国には石油を売らないことにした。

ここでオイルショック

民族主義的なアラブの反欧米勢力はしだいに懐柔されるようになり、民族主義に失望したアラブ諸国の人々はイスラム復興に託す気持ちを強くする。

石油ショック後、他の産油国同様に、パーレビ国王のイランには、原油高騰のために巨万の富が流入する。
おぜにさんは増えてインフレになるが、庶民の暮らしはオイルマネーの恩恵を十分受けることなく、むしろインフレで貧しくなった。

そこでシーア派宗教指導者ホメイニの反パーレビ勢力が国民の不満に乗じて、1979年に国王を追い出して、イラン革命成立。

石油の安定供給のため、イランの動きに恐れを抱いたアメリカが、革命の波及を恐れたイラクと組んで、イラクの軍備を応援して、イランに戦争をけしかけさせた。

1980年イラン・イラク戦争開戦。
同年のモスクワオリンピックには、前年の1979のソ連のアフガン侵攻のため日米ほか多くの国が不参加。
不参加決定直前まで「ミーシャ」って子熊だったと思うけど、五輪マスコットキャラクターがテレビに出まくってなかったっけ?
んで、どうでもええけど、この頃甲子園では工藤公康が活躍しとったなあ。

サダム・フセインのイラクが軍事力をつけたのは、アメリカの自業自得もええとこだわなあ。
都合良く利用され、都合よくつぶされた。

それにしても
1979のイラン
2009の日本

企業や富裕層に大量のおぜにさんが流入しても、庶民の暮らしが良くならず、その不満を利用したところが政権をひっくり返した。

歴史は昔のことじゃあないね。
  

Posted by たみ家 at 04:28Comments(0)TrackBack(0)

移管

2009年11月11日

かなり前に屋島の陸上競技場は県営から市営になりましたよね。

今頃の状況はうどん屋やってるとあまり気に留めてませんが

県立の
女木島キャンプ場とか
大滝山のキャンプ場とか
香東川や土器川の河川敷公園とか
さぬき空港公園とか

住民のスポーツや文化施設はすべて、原則市町村営でいいと思いませんか?

県大会やるとかいっても、そんなん年何日から多くても20日間ぐらいのもんでしょう。
それに、高松市営に移管した屋島陸上競技場では、今でもマスターズや小中学校の大会などで市より広域の大会やってるでしょうが、県大会を市営の施設でやったからといって、何か問題あります?
無いに決まってるじゃないですか。

土器川の河川敷のスポーツ施設なんかは、飯山と丸亀に分かれてたけど、今は全部丸亀だし
スポーツ施設の窓口なんかどう考えても市町でいい話だ。
県がやる必要がない。

県立図書館や丸亀の陸上競技場、県立ミュージアム、栗林公園クラスの広域性や所在市町が運営するにバランスが合わん場合や高度の技術性・専門性がある場合以外の住民サービス施設は市町営であるべきでしょう。

沿革はともかく、ゼロベースで住民視点で考えたり、おぜにさんの効率の面で考えたらそういうことでしょう。
船型の県立体育館なんかも、近くの市立体育館よりも小さいじゃない。
ほとんどが実質、近隣の地域住民のための健康体育施設になってるはずでしょう。

また、香南アグリームも隣接する空港公園と一体化して整備すれば、経営効率の面でも提供できるサービスの点でも大きく良くなるだろう。

実際に、県と市の間では、ほとんどの住民サービス施設を市側に移管するアクションは行われています。

しかし、財源や管理人員が県から市にきれい行くわけでもないし、河川敷なんか台風で荒れると河川工事とセットになってくるので、規模の問題や治水との絡みなど考えると、あまり市はさわりたくない。
市ももらってもおもしろくないものが下りてきて、負担だけが増える。

旧名の県民ホールやサンポートホールなんか、まったく住民目線や経営効率では、よくわからない距離によくわからない規模の中途半端な類似施設があるという感じだ。

屋島陸上競技場はいろいろ条件面などで折り合ったのでしょうが、これから、まだまだいろんな施設の市町への移管の流れはどんどん進んでいくでしょう。

基本的に、県は原則すべての施設を市町側に移して、例外だけを残すという考えでしょう。
しかし、税財源や関連する問題や人員などの面で、折り合うのは5年10年ではすまないというか、香東川の河川敷なんかの移管はもう30年以上長引いているかもしれない。
これこそ政治主導でないと、役人間でちまちまやってどうにかはならんでしょう。

屋島山上の整備などでも、県と市が費用負担などで綱引きをしてました。

県は市に費用負担を求め、市は県に法令上の支出の根拠を求めて負担を拒否するというようなことが多い。

地域を良くすることが、この手のことで遅れていることが多いというのは現状で問題だ。

国と基礎自治体である市町村はなくならんのです。

となると、県の存在だけが、合併や施設の移管が進み、テロや感染症や環境や航空など大きな問題についてはさらに広域化・高度化すると、どうにも意味がない、自己存在のために地域の福祉や安全の足を引っ張り、財政のお荷物になっていくわけです。

モアイの話は、直接これとは関係ありませんが、直感的に嗅覚が反応しました。
なぜ、市に寄贈されたものが県の詳細な観光資料に10年以上載らなかったのかは、直感、今の県と市の相互協力をしてるようで、冷淡に牽制しあう関係の表れの一つではないかとアラームがなったわけです。

また、もし、県が価値を認めずに、載せなかったのなら、目利きができているのか、また、公園・文化財・博物舘など既存のカテゴリーや国の省庁の管轄や補助金制度のないものは載せないという前例主義や縦割り意識や国の下請け意識が結果としてにじみ出たものではないかとも怪しんだわけです。

こういうことは、防災や病院経営など住民の命を守ることから、学校教育など、様々な規制分野、住民サービス分野に影を落とし続けています。

まあ、名物つくるのに、狭いところで県と市に協力仰いで、役所相互の利害やメンツで折り合わんで、長引いたり立ち消えしたりすることがあるのでは、良くはないわなあ。

高松市の職員には、まだまだ決まったことを窓口でこなせばいいという感覚の人も多く、積極的に地域を良くするための政策的考えをする人が少ないわなあ。
といっても、県や国にも少ないんだろうけど。
  

Posted by たみ家 at 07:51Comments(0)TrackBack(0)

この記事に注目してみた

2009年11月10日

銘菓「最愛(モアイ)」プロジェクトの内製化には
資金面とノウハウ面で困難さがある。

SWOT分析では
強み ストレングス(S)はない。強いて言うならプロジェクトに味方をつけやすそうなことだが、これは(O)の話かもしれない。
弱み ウィークネス(W)は資金面でもノウハウ面でも基盤がないこと。
機会 オポチュニティー(O)これには相当な可能性がある。
脅威 スレット(T)これについては、内製化すれば不良在庫などいろいろあるが、内製化しなければそれほど大きなものはないのではないか。

尊いことは、自分が仕事をすること以上に、多くの人の仕事をつくることだ。

帯広との交流事業で「愛」をテーマにして、両市域や周辺圏域などの企業や個人に、名産の提案を新たに募集して、中立の審査員で勝負するのを毎年やってみたらどうだろうか。
紅白歌合戦みたいに複数同士で総合点で勝負するのがいいかも。

この中に、銘菓「最愛(モアイ)」の提案をからめていく。
名産ならお菓子にはこだわらないし、いろんな提案ができるし、参加者も増える。

これを両市域のケーブルテレビなんかで放送してもいいかも。

ここに同時に、市民参加で文芸部門なんかでも「愛」をテーマにして作品を同時に募集して、これもNHKの番組の選者クラスの人や各界からのゲストをからめて例えば短歌や書道部門で団体戦で勝敗を決するとかやったら、市民参加も増えるし、市民参加で勝敗がつけばインパクト強いし、燃えんだろうか?
勝って喜べ、負けて交流相手の力や可能性を認める。
交流も広がるし、一般市民参加の行事とからめることで、募集した名産の認知も高まりやすくなる。

内製化が困難なら、枠や分野を広げて可能性を大きくしたい。


「高松・帯広、「愛」が結ぶ交流 両市長が誓い合う
2007/06/23 09:39

香川県高松市と北海道帯広市との「愛」をテーマにした都市交流の第1弾として、高松市からの市民交流団が22日、帯広市を訪問。交流会では、大西秀人・高松、砂川敏文・帯広両市長が記念品を交換し、末永い友好交流を誓い合った。

 両市の交流は、旧国鉄広尾線の愛国駅と幸福駅にちなんで「愛の国から幸福へ」のフレーズで知られる帯広市と、映画「世界の中心で、愛をさけぶ」(セカチュー)のロケ地になった高松市が「愛と幸福の都市交流」と銘打って友好を深めることを大西市長が提案。帯広市側も砂川市長がさぬき市出身という縁もあってラブコールに応えた。

高松市側は市民約120人で交流団を結成。帯広市内のホテルで開かれた交流会には、帯広市側からも観光業界やとかち帯広香川県人会の関係者ら約50人が出席した。

 席上、大西市長は「両市の縁を大切に交流を深めたい。次はぜひ高松へ」とあいさつ。砂川市長は「今後いろいろな分野で交流ができれば心強い」と歓迎した。両市長は、記念として互いの特産品を交換、今後の交流促進を誓ってがっちりと握手した。

 交流会に先立ち、交流団は幸福、愛国両駅を見学。幸福駅では、昨秋、セカチューの舞台・庵治町で開かれた「愛をさけぶ大声コンテスト」で優勝した大東英輔さん(36)、佳子さん(38)夫妻=香川県高松市藤塚町2丁目=ら両市の新婚カップルの結婚セレモニーがあった。

 交流団の一般市民は25日まで北海道に滞在。帯広ばんえい競馬や旭山動物園などを訪ねる。

 両市は今後、互いの市で開かれるイベントで物産展を開くなど観光分野での交流を深めることにしている。」



大西さんイニシアティブの交流だが、まだまだ市民にわかる実績があるとはいえない。
市民参加を高めたり、おぜにさんを生み出す名物創出の機会づくりや純愛の聖地などの観光PRを兼ねた、実があって、市民にわかりやすい実績をそろそろつくっていかんと、唯一の交流事業である物産展の相互開催も、人事交流による職員派遣も下手したら事業仕分けにかかって厳しい判定が下りかねんで。

はっきり言って、当選直後にぶち上げた平成19年以降、下火でしょう。
「形骸化した市民に成果がわからない交流事業は廃止」という判定が事業仕分けしたら下りかねん。

大西さんが胸張れる成果の出る交流事業に育てねば。

所期のたみ家の目的は、
①モアイの話を語り継ぎ続ける手段をつくること
②名物をつくること

もし内製化するなら費用を捻出したりリスク対応のために収益をどうしても出さないといけない。

交流事業の中に落とし込むなら、②は達成可能性が高い。
①は、モアイがその中で認められれば前に進むだろう。

高松市の予算要求や物産展の時期っていつや?
たみ家が直談判したって、市長や市担当者が聞こうが、菓子製造・販売業者が聞こうがかなり唐突感があるだろう。
来年の事業に乗せるなら、市議を咬ますなり、市長や有力者の肝いり事業にならんと、来年度事業の正規の予算要求までに入れ込まんと難しいやろうか?

さてさて、どこから持っていくか?
また、持って行き所が難しいなら、四国経済産業局などからたどって、内製化のオプションも並行して考え続けようか。
内製化では時間もかかるし、個人のリスクも大きいし、出来も悪くなりそうだし、関連産業や参加者の広がりも乏しい。
この交流事業から持っていって、来年の秋までに、名産募集や文芸など企業や市民参加が盛り上がって、かつ、銘菓「最愛(モアイ)」もできて、黒柳徹子さんに「日立・世界ふしぎ発見!」の番組上で召し上がっていただけるなら、現段階で思いつく感じではベストなんだが。

都道府県廃止論ともつながるんだが、県域でやったりJA香川を味方にしたりするのに、県と市の二重行政は邪魔でしかない。
これの進行を、交流事業の主体の高松市や純愛の聖地を複数抱えたりJAの区域となっている地域資源のエリアとかぶる県や地域資源活用部門を持つ四国経済産業局と3つばらばらになるのは、市民目線でも経営的観点からも無駄と感じる。
  

Posted by たみ家 at 01:34Comments(0)TrackBack(0)

十万石まんじゅう

2009年11月09日

銘菓「最愛(モアイ)」プロジェクト進行させたいが自前でつくるのは不可能だろう。
工場ぐらいはいる。

家で作れたとしても、名物として流通させるには、手製はありえない。

また、菓子製造自体は委託するにしても、普通に考えて、広告やパッケージのデザインや流通に載せていくための作業に数百万や1千万ぐらいは直感いるんではないだろうか?

初めからある程度の数売れないと大量の不良在庫が出るし、包装紙のデザインやパッケージの製造とかお菓子の型とか少なくとも数万箱は売ることを前提にして、初回だけでも数千箱分は包装紙やパッケージを一度につくらないといけないだろうから、気長に構えることは許されない。
スタートから疾走できないと無理だ。
もともと菓子製造・販売してる人が、部門の一環でつくってて、他のお菓子と包装紙もパッケージも共用してたところ、あることをきっかけにブレークするというのとわけが違う。

お菓子用の粉を扱ってるところとか、役所の産業支援部門の人の話は聞いてみるんだが、有力な協力者が現れないと無理だろうね。
出資者がいるね。

まあ、長いことそれなりに行動を伴わせて言い続けていれば、何とか形になっていくだろう。

計画書や予算書みたいなものもつくらないとなあ。
瀬戸内国際芸術祭までには何とかしたいね。

そういやあ、商標登録とか意匠登録もいざ、自分でやろうとすると、今ひとつピンとこないところがある。
費用はいくらでどんな書面を準備しないといかんの?
まあ、菓子製造はできんでも、これぐらいはできると思うんだが。

ところで
埼玉県に「十万石まんじゅう」ってのがあって、評判がいいらしいんだけど、銘菓「最愛(モアイ)」自体は洋菓子か和菓子かレベルのことも考えてないので、これから、いろんなお菓子を集めて研究する一環で参考にしようと思う。

東京方面に行った人で誰か買ってきてくれんだろうか?
販売元に頼んだら、着払いで送ってくれるかな?

その点、もあいくん携帯ストラップとかの方がつくるんは簡単だと思う。
  

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開業資金の出所は?

2009年11月06日

たみ家は、無謀なうどん屋の開業を思いとどまらせるか、それでもやりたいならきちんと準備してもらいたいという気持ちをメインの一つとして当ブログを書いてます。

新しく香川で始めるうどん屋は、優れた条件と優れた人物が揃わないと普通は長く続けられない。
普通の人が普通の条件では、どんなに細々とやっと食べる程度でも続けることはできない。

もし、居抜きで釜も厨房機器も麺機類もほとんどすべて残っていて、それを使うとしても
700万円ぐらいうちの規模の店舗でいるでしょう。

床の張替えや、塗装、カンバン、イス・テーブル、エアコン、鍋・寸胴・食器類など、20万以上の出費は無数にあります。

開業準備期に無給の時期の生活費や講習費用
開業後しばらく生活費が上がらない時期の生活費の不足

店舗の敷金6ヶ月分、仲介費用
店をするための自宅の引越し

これだけで700万円はいきますね。

(35歳でも300万円の退職金さえ出ない会社が、地元ではほとんどでしょう。)

これに、業務用冷蔵庫や釜や麺機類を買ったりリースした人は、居抜きでも1500万円ぐらいは覚悟しないといけませんね。

これで一から店舗つくった人なら、2000万円以内の開業資金で始められることはまずないでしょう。

10年で開業資金を回収するなら、700万円でも毎年、70万円以上、貯蓄ができてないとダメなわけです。
700万を全額自己資金でやるならともかく、300万仮に借入れがあると、5年返済なら毎月政府系金融機関でも6万円弱ぐらいの返済があるでしょう。
1500万円借りたら、5年返済なら毎月28万円、7年返済なら20万円ぐらい返済することになるでしょうねえ。

時代はどんどん外食産業に下り坂なのに、そこに入って、華々しい成績を上げるのは普通難しい。
必ず返済やリース期間の7年は続けないと何やってるかわからない状態で、毎月20万も返しながらやれるはずがない。

借りるか、自分で貯めたか、親族からもらうか、退職金が大きかったか、別資産・別収入を頼るか
またはそれらのミックスしかパターンないでしょう。

ここの意味が大きい。
20代前半とかで、若くして自力で500万以上も開業のために貯めたのなら、気持ちの強さも維持する力もあって、長期に行動を伴う地に足のついた準備をしていた可能性が高い。

親や親戚が近くにいて、手伝ってくれて、生活や資金の応援をしてくれるなら、条件はいい方だ。

退職金で2000万円以上出たのなら、まともなところでまともに勤め上げた人だろうし、子育ても終わっているかもしれないし、残りの人生も短い方だ。

自力で貯めて、不足を借入れして、一から店舗つくって、香川でうどん屋をやると、仮に若くして500万貯めた人でも、返済のハードルもものすごく高くなるから、思い切って良心的な価格でやるということが、リースと返済で月20万も超えれば難しいでしょうから、価格競争で負けて集客が厳しい。

毎月返済が10万でも20万でもあって、いや5万でもあったら、返済も家賃もないところといかに生活を切り詰めても、ぜいたくに興味なくすべてのことをお客様の喜びに代えたいと思っても、価格競争できると思いますか?
それでお客さんは多くの店を比較できるのに、集客がうまくいくと思いますか?

できるとしたら、別格の超人の部類でしょう。

周囲の店は、建物オーナーの老舗の有名店で借入れがなく、経験豊富な家族労働がずらりと並び、年金ももらっている。
競争して、普通の人が普通の条件で普通の努力でやったら、まず千万単位のおぜにさんをドブに捨てて、借金残して、失業することになります。
細々と食べていけたらいいというのはありません。
そういう店は、すぐに雪だるまのように負債が膨らむでしょう。

たみ家は、うどん屋を長く続けることは、今頃の司法試験に通るぐらいの難しさは十分にあると思いますよ。
店やるんだって、千万単位のおぜにさん投入して、毎日15時間ぐらい立つでしょ。
普通の人なら、そこまでおぜにさんかけて数年間、毎日15時間勉強したら、司法試験ぐらい通りますよ。
サラリーマンになるのに、先におぜにさん入れたりしないでしょ。

ただ、うどん屋はおぜにさんさえあれば続けられるので、大きな退職金や親の資産が多いなど、いい条件があれば、残りの人生の出費との勝負でやれることもあるでしょう。
司法試験みたいに受験者同士の1対1じゃなくて、親族や勤めていた会社の力など、もろもろ合わせた条件の問題ですから、借金無しで始める人もいるでしょうが、借金なしで事業を始められるって事自体がすぐれていい条件で、普通ではないことなんです。

開業資金の出所
自己資金はどれだけで、どこから?

やれる人とやれない人の条件は、こういうところからも見えてきます。
  

Posted by たみ家 at 09:31Comments(3)TrackBack(0)